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第二十三話 光に包まれて

【10/21完結予定】

挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 崩れかけた謁見の間で倒れたアリアはすぐに部屋へと運ばれ、清潔な寝台にそっと寝かされた。以前彼女が閉じ込められていた王女の部屋ではなく、ジェイドが用意させた美しい客間だった。

 激しい戦いの後が残る謁見の間とは対照的にここは静かで、窓から差し込む陽光と柔らかな風に、レースのカーテンが微かに揺れている。


 ヘリオスは寝台の傍らに膝を付き、アリアの銀の髪をそっと撫でた。

 呼吸はある。けれどその胸は小さく上下するだけで、目を覚ます気配はない。

 焦げた瓦礫の匂いがまだ残るドレスを気にする余裕もなく、彼はただその手を握り続けた。


 やがて、黒竜の術から覚めた家臣や侍女たちが次々と訪れ、部屋の前で跪く。


「アリア王女殿下……」


「お許しください……」


 涙ながらに声を上げる彼らに、ジェイドは冷たい声で告げる。


「帰れ。お前たちがどれほど涙を流そうと、姫の過ごした年月は戻らない」


 そのあまりに冷ややかな言葉に、ヘリオスは思わず顔を上げた。


「ジェイド……少し、言いすぎではないか」


 問いかけると、ジェイドは一瞬目を伏せ、そして淡々と告げた。


「……ヘリオスは知らないだろう。アリアがこの城で、どう過ごしてきたのか」


 彼は静かに語る。

 五歳の魔力測定の日に、父である前王アルマンダインに罵倒されてから、父親だけでなく周囲からも冷遇され続けた日々。

 部屋付きの侍女でさえ心から彼女に仕えようとはせず、唯一の支えだった母親は二年前に亡くなり、術にかかる以前から孤独であったこと。


 そして、追放を命じられた日のこと──


「城にいた者すべてが、アデライドの術にかかっていたわけではない。……だが、皆がアリアから目を背けていたのは事実だ。今さら泣いても、幼い頃から傷付けられたアリアの心は癒せない」


 その言葉が胸に刺さり、ヘリオスはアリアの寝顔を見つめる。

 小さな花びらのような唇、閉じられた白い瞼。伏せられた淡い睫毛が血の気のない頬に影を落としている。

 こんなに華奢な体で、どれほどの孤独を抱えてきたのか。

 彼は強く拳を握りしめた。


(……もう二度と、悲しい思いはさせない)


 その決意が胸の奥で、確かな熱となって灯った。


* * *


 アリアの部屋付きとして、プレーナイト公爵家から、数名の侍女や騎士が配置された。

 侍女たちの手によって白いドレスに着替えさせられたアリアは、相変わらず眠り続けていた。


(アリア……)


 眠るアリアの傍らには、ヘリオスの姿があった。アリアの着替えの時に席を外しただけで、彼は片時も傍を離れなかった。


「ヘリオス、少しは休んだ方が良い」


 部屋へ入ってきたジェイドが、気遣う眼差しでヘリオスを見つめる。


「俺は平気だ。……ジェイドこそ、人間のくせにほとんど休んでいないだろう」


 その言葉に、ジェイドは薄く笑った。


「即位に向けてやることがたくさんあるんだ。休んではいられない」


 「アリアの傍にいてくれて、ありがとう。無理はするなよ」と声を掛けると、ジェイドは部屋を後にする。

 残されたヘリオスは、再び眠るアリアを見つめる。


「アリア……目を開けてくれ」


 ヘリオスは、アリアの白く細い手をそっと握る。その柔らかな手を額に当て祈るように瞳を伏せた。


* * *


 そして数日後。

 朝の光が窓から差し込む中、アリアの白い瞼がかすかに動いた。


 ──眩しい光。


 ゆっくりと震える瞼を開けると、見慣れない天井が目に入った。どうやら、城の客間のようだ。


(温かい……)


 傍らで誰かが手を握っている。その感触に視線を向けると、そこには人の姿のヘリオスがいた。


「……ヘリオス……?」


 掠れた声を出した瞬間、彼の金の瞳が大きく揺れ、すぐに抱きしめられる。


「アリア……!」

 

(無事、だったのね……よかった……)


 黒竜ガーネットとの戦いで、自分を守るために全身に傷を負った姿を思い出し、目の前の元気そうなヘリオスの様子に心から安堵する。


「ヘリオス……守ってくれて、ありがとう」


 その言葉に、金の瞳が熱を帯びる。


「これからも、俺が必ず守る……もう、絶対に無理はしないでくれ」


 切なげな金色の眼差しに、胸がぎゅっとなった。言葉は出ず、静かに頷く。

 思えば、この青年の姿のヘリオスをこうして見つめるのは初めてだった。胸にすっぽりと納まっていた愛らしい小さな子竜の姿を思い出し、その差に胸が高鳴る。

 窓から差し込む日差しに照らされた白金の髪は透けるように輝き、宝石のように美しい切れ長の金の瞳はこちらを見つめている。

 

(綺麗すぎるわ……)


 彼の美しい顔に見惚れていると、心配そうに金の瞳が揺れる。


「どうした……アリア、大丈夫か」


 頬に触れた大きな手の温もりに、心臓が跳ねる。たちまち、そこに熱が集まるのが分かった。


「熱があるかもしれない、すぐにジェイドに──」


「大丈夫よ!」


 慌ててそう返すと、金の瞳が揺れる。彼の顔を見ていられず、視線を落とす。


(どうしよう……ヘリオスの顔が見られないわ)


 俯いていると、手をヘリオスの大きな両手に包まれる。


「アリア……具合が悪いのか」


 ひどく心配そうな声に、そっと視線を上げる。澄んだ金の瞳に、思わず吸い込まれそうになる。


「大丈夫よ……その、ヘリオスの姿に、まだ、慣れなくて……」


 ゆっくりと言葉を紡ぐと、ヘリオスが戸惑いの表情を浮かべる。


「俺のこの姿は、気に入らないか?」


 思わぬ言葉が返ってきて、息が詰まる。ヘリオスは不安げな眼差しでこちらを見つめていた。


「違うわ……あなたが、綺麗だから……」


 それ以上、何も言えなかった。ちらりとヘリオスの様子をうかがうと、彼は柔らかい微笑みを浮かべている。


「竜の姿のときも、そう言っていたな」


 彼の笑顔に、再び胸が高鳴る。


(いつ、慣れるかしら……)


 小さくため息を吐くと、彼に微笑み返す。


 窓から差し込む光が、部屋を優しく照らしている。

 嵐のような戦いを越え、ようやく訪れた穏やかな朝だった。

次回、第二十四話「芽生える想い」

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