第二十話 金の瞳の青年
開かれた扉の向こうに立っていたのは、白金の髪の背の高い青年だった。
彼は私を見つめると、こちらへ向かって真っ直ぐに歩いてくる。
「アリア、無事か?!」
聞き慣れた低い声に、私は目を見開いた。
見下ろしてくる澄んだ金の瞳は、心配そうに揺れている。
(ヘリオス、なの……?)
言葉は出なかった。
でも、金の瞳の青年は真っ直ぐに私に歩み寄ると、長い指で頬を伝う涙を拭ってくれた。
涙に濡れた頬に、心配そうに擦り寄ってくれた白い小さな竜の姿が重なる。
「どうして……その、姿は?」
「お前を助けに来たんだ……無事で良かった」
見下ろしてくる金の瞳も、優しい響きの低い声も、間違いなく彼のものだった。
「ヘリオドール! 何故、あなたがここにいるのよ?!」
そう喚いたアデライド様を、ヘリオスが真っ直ぐに見据える。
「ガーネット……“アデライド”というのは、お前だったんだな……」
「アリアは返してもらう」と睨みつけるヘリオスに、アデライド様が困惑と怒りの表情を浮かべる。
「……どうして、あなたが人間の娘を庇うのよ!? その娘は、憎きカーネリアンの血を引いているのよ? あなたの父と兄を殺した、あの卑劣な人間の……!」
その言葉に、ひゅっと喉が鳴った。安堵していた胸が絶望の色に染まる。
(ヘリオスのお父様と、お兄様を……建国王が、殺した……?)
手が、体が震えだす。突き付けられた真実があまりにも残酷で、息が上手くできない。
視線を落としたまま、傍らに立つヘリオスを見ることが出来なかった。
「アリア、大丈夫だ……」
震える肩を包むように、ヘリオスに強く抱き寄せられる。力強い腕とその温もりに、涙が溢れた。
「全て、知っている……」
ヘリオスの低い声が囁くように落ちた。
「それなら、どうして?!」
「俺とアリアには関係ないからだ。……父上や兄上を殺したのは、アリアじゃない……!」
「ヘリオドール……!」
真っ直ぐに言い放ったヘリオスに、アデライド様の柘榴石の瞳が激しく揺らぎ、紅い唇が噛み締められた。
* * *
「ヘリオス……」
か細い声でそう呟いて、泣きながら見上げてくるアリア。その震える肩を抱き寄せた瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなる。
(もう二度と、この手から離さない……)
澄んだ空色の瞳からは止めどなく涙が溢れ、目は泣き腫らして赤くなっている。
「もう、大丈夫だ……俺がいる」
涙を拭いそう告げると、アリアが震える腕でしがみついてくる。その細い体を支えるように更に抱き締めた。
竜の姿と違い、触れることで彼女を傷つける心配はない。そのことが、安堵と同時に言葉では表せない感情を湧き上がらせる。
「ガーネット……アリアの父親を殺したのは、お前だな」
「……まだ、殺すつもりはなかったわ……カーネリアンの血を引く人間が、こんなに弱いだなんて思いもしなかったもの」
そう憎らしげに呟いて、歪んだ微笑みを浮かべるガーネットを睨み付ける。
「アリアを、どうする気だった。……ジェイドは、どこにいる」
そう問い掛けると、ガーネットの紅い瞳が見開かれた。
「あなたたち……一緒にいたのね?」
「だったら何だ。……ジェイドはどうしたと聞いている」
「わたくしの術に抵抗して、倒れたのよ……今は眠ってるわ」
その答えに安堵する。ジェイドに好意を抱いているわけではないが、あの男が弱る姿など見たくはなかった。
「あいつにも手を出すな」
「何ですって?」
ガーネットの紅い瞳が揺らぎ、怒りの炎が揺らめき始める。
「ジェイドには、これ以上何もするなと言っている」
譲るわけにはいかない。腕の中で震えているアリアを、これ以上悲しませるわけにはいかない。絶対に──
ガーネットは、怒りに揺れる瞳でこちらを見つめていた。
「お前は、カーネリアンの血筋を絶やすつもりで、こんなことをしたのか」
俺の問い掛けに、ガーネットが愉快そうに声を上げて笑い出した。
「何がおかしい」
「まさか……カーネリアンの血筋だけじゃないわ……この王国全てを滅ぼすために、わたくしはここまで来たのよ」
笑うのをやめたガーネットの瞳に、再び炎が揺らめく。
「この王宮に入るまで、苦労したわ……何百年もずっと、機会を窺ってきたの」
低く呟いたガーネット。
腕の中にいるアリアの恐怖が伝わってきて、一層強く抱き締めた。守らなければならない──そう思った瞬間、胸の奥に熱が宿る。
「憎い仇であるあの男に寄り添うのは、本当に苦痛だったわ……でも、アダマスを滅ぼす日を夢見て、耐えてきたのよ……」
「あなたなら、解ってくれると思ってたわ……」と呟いた赤い瞳が揺れている。
ガーネットが竜の谷にいた昔から、彼女が人間を、アダマスを恨んでいることは知っていた。
だが、数百年前に姿を消した目的が、これだとは……。
「俺は……昔から、この国には──人間には、関わるなと言ってきたはずだ」
そう返した言葉に、ガーネットの紅い唇が歪んだ弧を描いた。
「ヘリオドール……」と俺の名を呟いた唇から、泣き笑いのような声が落とされ、空気が凍る。
紅い瞳が、一瞬だけ哀しげに細められ──次の瞬間、怒りで炎のように揺らめいた。
「あなたが、それを言うの……? その人間の娘を──アダマスの王女を、庇っているくせに!!」
ガーネットがそう叫ぶのと同時に、その胸元に揺れる紅い宝石が禍々しい光を放ち、砕け散った。
その瞬間、空気が凍りつき、紅い光が広間を満たしていった──
次回、第二十一話「対峙するふたり」




