第十九話 明かされた真実
深紅の絨毯の上に、私は立ち尽くしていた──
いつも着ていた白い質素なドレスではなく、上質な絹で作られた深い青のドレスに着替えさせられた自分の姿が、知らない誰かのように感じる。
土埃に汚れていた髪も体も綺麗に整えられているのに、胸の奥は恐怖に支配され、ひどくざわついていた。
頬から零れ落ちた雫が、深紅を暗く染めて静かに滲んでいく。
「……どうして、お父様を……アダマスを、恨んでいるんですか」
涙で掠れた声が、謁見の間に響いた。
目の前には、漆黒のドレスを纏うアデライド様。柘榴石のような紅い瞳が、愉快そうに細められている。
「知りたい? なら、教えてあげるわ。──この王国の始まりの真実を」
その声音は、甘く艶やかでいて、冷たかった。
蝋燭の火が揺らいで消え、影が広間を覆う。
アデライド様は私を見下ろしたまま、白い指で胸元の紅い宝石を撫でた。
「カーネリアン・アダマスはね、竜族の領土を欲したの。……あの頃、竜族はこの土地を治めていた……」
アデライド様は優雅に屈むと、私を見つめる。柘榴石のような瞳に囚われたように、私は目を逸らせなかった。
「カーネリアンは、一頭の子竜を捕らえた。──そして、それを盾にして、竜族の長を討ち取ったのよ」
ぞくりと背筋が凍る。
脳裏に、白く小さな竜の姿が浮かんだ。
「竜族は抵抗を諦め、辺境の谷へと追いやられた。……そして、子竜は戻ってはこなかった。逆らえば、子竜を殺すと言われたのよ……」
「そんな……」
「あの子竜は、きっと……飼い殺しにされたのでしょうね」と囁くように零した紅い唇が、強く噛み締められる。
「竜族の長の血筋は特別……死ぬことはないのよ。自ら命を断つか、殺されでもしない限りは……」
「今、ここにあの囚えられた竜がいないのが、その証拠よ」と憎らしげに呟いた声に、心臓を鷲掴みにされるような痛みが走る。
(ヘリオス……)
寄り添ってくれた、小さな白い体。こちらを見つめる金色の瞳が思い出され、胸がひどく締め付けられる。息が、出来なくなるほど──
「……謝っても、許されないわ……でも、本当に……ごめんなさい……」
喉の奥から絞り出すように、言葉が零れた。
涙が堰を切ったように溢れ、両手で顔を覆い、声を上げて泣く。
アデライド様は一瞬だけ紅い瞳を揺らし、何かを思い出すように私を見つめた。
だがすぐに表情を冷たく引き締め、吐き捨てる。
「泣くことなんて許されないわよ。──あなたも、憎いカーネリアンの血を引く娘なのだから」
言葉の刃が胸に突き刺さり、息が詰まる。
揺れる紅い瞳が、憎らしげにこちらを睨み付けている。
(憎まれて当然よ……それだけのことを、したんですもの……)
涙が溢れて、止まらなかった。
ヘリオスに出会った時のことを思い出す。あのとき、私は彼に──
(ヘリオスに……私、何も知らずに酷いことを……)
その時だった。
広間の扉が、勢いよく開かれる。
「誰?! 入ることは許していないわよ!」
怒りを露わにしたアデライド様が声を上げた瞬間、その紅い瞳が大きく揺らいだ。
「……なぜ、あなたがここにいるの……?!」
驚愕と警戒が入り混じった声。
私も振り返り、息を止める。
──扉の向こうに立っていたのは、長身の青年だった。
開かれた扉から差し込む光を背に、その白金の髪が輝いて見えた。
眩しさに目を細めながら、私は言葉を失った。
次回、第二十話「金の瞳の青年」




