第十七話 消えたアリアネル
朝の光が差し込む頃、ヘリオスはぱちりと目を開けた。やわらかな日差しに、澄んだ金色の瞳が煌めいている。
(アリアは、まだ寝ているのか……)
傍らに眠るアリアに視線を向ける。
「アリア……?」
隣にあるはずの銀の髪が、そこにはなかった。
「アリア!」
甲高い声で叫んでも、返事はない。
胸がざわめき、寝台の上から部屋を見回し、部屋中を探し回る。ヘリオスはクロゼットを開き、寝台の下まで探した。
だが、アリアの姿はどこにもなかった──
「アリア……どこだ……!」
声が震えた。
扉から出て、宿の廊下を飛び回る。
「アリア! どこにいるんだ!?」
アリアの名を叫びながら飛んでいると、背後から甲高い悲鳴が上がる。
「魔物よ! 魔物がいるわ!!」
ヘリオスは慌てて宿を飛び出し、まだ眠る街路を駆け抜ける。
金色の瞳で必死に人影を探すが、アリアの姿はどこにも見当たらない。
「どこだ……アリア……!」
(何故、いなくなった……?!)
焦燥と恐怖がヘリオスの胸を締め付ける。
やがて、通りで遊んでいた子どもたちが小さな白い竜を見つけ、歓声を上げた。
「竜の魔物だ!」
「まだ赤ちゃんだぞ! はやく捕まえろ!」
ヘリオスは子どもたちに背を向けて街路を飛び抜ける。
だが、騒ぎに街の人々や兵士たちが集まり、道を塞ぐ。
(早く、アリアを見つけないといけないのに……!)
人々に囲まれる中、ヘリオスの金の瞳が揺らぐ。鋭い視線と石つぶてが飛び交い、恐怖と怒りで喉が熱くなる。
「竜種の魔物だ! まだ小さいが気を付けろ!」
(……俺は、竜だ! こんな、人間共……!)
爪が伸び、喉の奥で熱が燃え上がる。
だが、脳裏に浮かんだのは──泣きじゃくりながら自分を抱き締めたアリアの姿。
(……アリア……俺が人間を攻撃したら、アリアが悲しむ……)
ヘリオスはぎゅっと瞼を閉じ、爪を引っ込めた。
次の瞬間、集まった兵士から網が放たれる。
(アリア……)
「見たこともない、珍しい魔物だ……早く連れて行け」
抵抗をやめたヘリオスは、捕らえられながらも金の瞳を彷徨わせ、アリアを探し続けていた。
* * *
王城──謁見の間。
大きな扉が静かに開く。
眠り続けるアリアを抱きかかえたジェイドが、ゆっくりと歩み入る。
彼女の銀の髪が彼の腕から垂れ、月明かりのように揺れた。
「よくやってくれたわ……」
玉座に座っていたアデライドが、紅い唇で妖艶に微笑む。優雅に立ち上がると、漆黒の髪を揺らしながらジェイドに歩み寄った。
白い胸元に揺れる紅い宝石が、妖しい光を放っている。
「久しぶりね、王女様……」
柘榴石のような紅い瞳が、眠るアリアを舐めるように見下ろしていた。
「さあ、目を覚ましてちょうだい。お姫様──」
甘やかな声が、広間の空気を満たす。
まるで、これから始まる何かを楽しんでいるかのように。
* * *
「随分と大人しいな……」
「眠ってるんだろう。まだ、赤子みたいだからな」
冷たく湿った地下牢に、見張りの兵たちの声が響く。
「今朝方、城下を飛び回っていたらしい。まだ小さいが、竜種の魔物だろうからくれぐれも気を付けるように、とのことだ」
「見かけは可愛いんだけどなぁ……許されるなら、俺が飼いたいくらいだぜ」
その言葉に、他の兵が笑いを零す。
(アリア……どこにいるんだ)
牢に閉じ込められたヘリオスはひんやりとした石床に伏せ、薄目を空けたままアリアのことを考えていた。
「それにしても、陛下がお亡くなりになるとは……まだ、お若かったのに」
「公爵家のジェイド様が即位されるんだろう? 王妃様は、どうされるんだろうな」
その言葉に、ヘリオスの体がピクリと動く。
「アデライド王妃様、お美しいよなぁ……」
「俺は苦手だ。あの紅い瞳、美しすぎて何だかゾッとするぜ……」
「俺は聖女のようなアリアネル様が良かったなぁ……本当に、お可哀想な御方だったが……」と呟いた兵に、もう一人の兵が顔を上げる。
「アリアネル様と言えば、ジェイド様が連れ帰ったと聞いたぞ」
「そうなのか?! アリアネル様を、王妃になさるおつもりなのだろうか……」
(アリア……!)
ヘリオスは即座に起き上がる。
そっと覗くと、見張りの兵は三人。一人が交代に来たまま、話し込んでいる様子だった。
(何故、ジェイドがアリアを……いや、早く助け出さないと)
ヘリオスの鋭い爪が石床を小さく鳴らした。金の瞳が炎のように輝く。
小さな白い体が、眩く白い光を放った。
次回、第十八話「漆黒との再会」




