表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

第十六話 突然の知らせ

⚠ 挿絵入りのお話です。


挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 その知らせは、雷鳴のように街を駆け抜けた。


「アダマス国王、崩御ほうぎょ──!」


 誰かの叫びが、石畳の通りに響き渡る。


 私はその場に立ち尽くしたまま、耳を疑った。ジェイド兄様も目を見開いている。

 胸の奥がずしりと重くなり、世界が遠のく。


(お父様が……)


「……嘘よ……そんな……」


 声が震えた次の瞬間、足元から力が抜けた。

 倒れかけた体を、強い腕が支える。


「アリア!」


 ジェイド兄様の声。

 抱きとめられた温もりに、張り詰めていたものが一気に崩れ、涙が溢れた。

 外套から首を出したヘリオスが、揺れる金の瞳で見上げている。


(お父様……どうして……)


 嗚咽が喉を詰まらせる。

 ジェイド兄様は黙ったまま私を抱き上げると、宿の一室へ運び入れた。


 扉が閉じられると、ようやく声が落ち着く。

 ベッドの上にそっと降ろされた私は、まだ震える指先で外套を握りしめていた。


「アリア、少し休め」


 兄様の低い声に、私は小さく頷くしかなかった。

 視界の端で、ヘリオスがじっとこちらを見つめている。金の瞳に揺れるのは、言葉にしない哀しみだった。


「……私は、城に戻らねばならない」


 ジェイド兄様はそう言い、ヘリオスへ視線を向ける。


「アリアも連れて行く」


「ジェイド兄様……」


 ジェイド兄様の唐突な言葉に、部屋の空気がぴんと張り詰めた。

 ヘリオスが低く唸り、金の瞳が細められる。


「城には危険な奴がいるんだろう。そんな所に、アリアを連れて行くのか」


 ヘリオスの言葉に、ジェイド兄様は頭を押さえ、深く息を吐いた。


「そうだな……やはり駄目だ。落ち着いてから、アリアが城に戻れるようにしよう。……ヘリオス、アリアのことを頼む」


 短く言い残し、ジェイド兄様はフードを深く被り直すと、外套の裾を翻して出て行った。

 部屋に静寂が落ちる。


「アリア……」


「ヘリオス……お父様が……」


 五歳のあの日までしか、お父様との温かな想い出はない。記憶の中のお父様は、いつも冷たい紅い瞳をしていた。城を後にしたあの日も……。


 それでも、深い悲しみと言葉に表せない喪失感が胸を支配する。涙が止めどなく溢れ、頬を幾つも伝い落ちる。

 悲しそうな瞳のヘリオスが、そっと涙に濡れる頬に寄り添ってくれる。

 私はその小さな体を抱き締め、泣き続けた。


* * *


「陛下は?!」


「プレーナイト公爵子息!」


 王城に駆け付けたジェイドの瞳に写ったのは──


「陛下……」


 深紅の寝台の上に、アルマンダインは横たわっていた。

 彫刻のように整っていた顔は蒼白くやつれ、閉じられた瞼は人形のように動かない。


「まだ陛下はお若い……一体、何があった」


「……明け方、王妃殿下がお気付きになられたときには、既に遅く……」


 そう言って、国王付きの侍従が瞼を伏せる。その口から、アルマンダインが亡くなった理由は語られなかった。


(アデライド……恐らく、あの女が何か……)


「あら、プレーナイト公爵子息……早速来てくださったのね」


「王妃様……」


 ジェイドが振り返ると、漆黒のドレスを纏い美しく微笑むアデライドの姿。


(この女、笑っている……?!)


 ジェイドの背筋を寒気が襲い、胸の内で怒りと困惑がい交ぜになる。


「わたくしはもう、王妃ではなくなりましたわ……それとも、また王妃にしてくださるのかしら……」


 妖しく微笑んだアデライドが、その魅惑的な体をジェイドに寄せる。


「何を……!」


「次の国王はあなたでしょう? ジェイド様……わたくしを、傍に置いてくださらない?」


 甘く囁かれた耳を疑うような言葉に、ジェイドの翡翠の瞳が怒りに染まる。だが、彼は感情を抑えるように言葉を飲み込んだ。

 視界に映る白い谷間に揺れる紅い宝石が、妖しい光を放っている。


(……違う、私は……)


 押し付けられた体から離れようとしたが、宝石のような紅い瞳に見つめられ、意識の奥が紅く染まっていく。


「ジェイド様、わたくしを見て……」


 紅い瞳で見上げながら、アデライドは白く細い手首をジェイドの首に絡ませる。

 目を逸らしてすぐにでも離れたいはずなのに、ジェイドの足は床に縫いつけられたように動かなかった。柘榴石の美しい瞳に射抜かれたように、身動きひとつ取れない。


(アリア……)


 その時、彼の脳裏に浮かんだのは、妹のように大切に想う従姉妹の姿。

 だが、頭の奥が次第に熱くなり、紅い光が視界を覆い、その思考を霞ませていく──

 気付けば、翡翠の瞳は夢に溺れるかのように、胸元に寄り添う美しい女を見下ろしていた。


「ふふ……やっと、掴まえた」


 そう囁いたアデライドの紅い唇が、ゆるりと弧を描いた。その白い胸元には、血のように紅く煌めく宝石が揺れていた。


* * *


「アリア……」


 ヘリオスは、泣きつかれて眠りについたアリアを、静かに見下ろしていた。涙の跡が残る頬に銀の髪がかかっていて、それに手を伸ばす。


「……」


 金の瞳に映るのは、尖った爪の付いた、白く小さな竜の手。

 不意に、倒れかけたアリアを受け止め、抱き上げたジェイドの姿が浮かぶ。


(俺も、人間だったら……)


 浮かんだ考えに僅かに浸ると、ヘリオスは慌てて首を振る。


「俺は、竜だ……人間じゃ、ない……」


 ヘリオスはそう小さく呟いて、白い瞼を少しだけ伏せる。隠された金の瞳は、切なげに揺れていた。


 爪が当たらぬよう、そっと銀の髪を頬から上げてやると、ヘリオスはアリアの傍らに丸くなった。

 丸い金の瞳で、目元を赤く腫らして寝息を立てるアリアを見つめる。


(アリア……俺、お前のことを守るよ。絶対に……)


 ヘリオスはそう胸の内で誓うと、静かに瞼を閉じた。

 まるで、その先に訪れる嵐を知らぬかのように──



挿絵(By みてみん)



* * *



 泣き疲れた私は、いつの間にか眠っていたらしい。

 目を薄く開けると、窓から射す月明かりがぼんやりと室内を照らす。

 枕元には、寄り添うように丸くなったヘリオスが眠っている。傍らですやすやと寝息を立てる小さな姿に、胸がじわりと温かくなる。


(ヘリオス、傍にいてくれてありがとう……)


 私はヘリオスの寝顔に微笑みかけて、再び微睡みに落ちる。


 ──その時だった。


 ふいに、部屋の空気がわずかに冷たくなる。

 瞼を開けると、薄紅の光がじわじわと床を這い、壁を伝い、天井にまで広がっていくのが見えた。

 魔力の気配に包まれた室内は、まるで水の中に沈んだかのように静まり返る。


 扉も窓も開いていないのに、影が部屋の中央に立っていた。

 淡い月明かりに浮かび上がったその姿は──


「……兄様……?」


 寝ぼけた声で名を呼ぶ間もなく、温かい腕に抱き上げられる。

 眠気に重たい瞼が閉じる前、紅い魔力の揺らめきが視界を染めた。

 体を包む温もりが、遠くなっていき、私の意識はそこで途切れた。


 寝台で丸くなり深く眠るヘリオスは、その全てを知らず、静かに眠り続けていた。

次回、第十七話「消えたアリアネル」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ