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第十五話 変わり果てた王都

✦✧ 第三章『王城の闇の真実』のあらすじ ✧✦


変わり果てたアダマスの城下街に辿り着いた一行。

だが、突然の別れに、ふたりは引き裂かれてしまう。

ひとりになったヘリオスは、アリアを取り戻すため城下を駆け抜ける──


* * * * *


挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 空を駆ける白い竜の背で、私は遠ざかっていく街や森を見下ろしていた。

 冷たい風が薄茶の外套をはためかせる。私はフードを深く被ったまま、指先に力を込める。


「もうすぐだ。……アリア、怖いなら、目を閉じていてもいいぞ」


 前方から低く響くヘリオスの声に、私は小さく首を振った。


「いいえ……ちゃんと見たいの。この国が、どうなっているのか」


 冷たい風に頬を打たれながらも、瞳を凝らす。背後では、ジェイド兄様が黙ったまま背を支えてくれている。


 やがて、広がる城壁の向こうに赤茶けた王都の街並みが見えた──かつては美しい石畳と華やかな通りで知られた都だ。


* * *


 ヘリオスが王都の外れにある森にゆるやかに降下し、木々の間を静かに降りていく。草の生い茂る地面がぐんと近づき、風がやんだ。

 ヘリオスが翼をたたみ、私とジェイド兄様はそっと地面へ足を下ろす。

 青い匂いが鼻腔を包み、草地を潤す朝露が、じわりと靴を濡らした。


「ここからは、目立たないように行こう」


 ジェイド兄様が外套のフードを更に深くかぶり、私も同じように深く被り直す。

 ヘリオスは白い光に包まれ、肩に乗れるほどの小さな姿へと変わった。


「行こう、アリア」


 ふわりと肩に乗ったヘリオスの重みが、心細さを少し和らげてくれた。


* * *


 城下町へ足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。


 かつては明るい声と音楽が響いていた大通りが、今は薄暗く、重苦しい空気に沈んでいる。

 通りのあちこちで灯された篝火かがりびは煤け、壁には「神殿に集え」という札が貼られていた。

 人々の顔は疲れ切り、子どもでさえ声を潜めて歩いている。


「……こんなに、暗い街じゃなかったのに……」


 胸の奥が痛む。

 外套の中で身を寄せるヘリオスが、鼻先でそっと私に擦り寄った。


「アリア」


 心配そうに見上げてくる優しい眼差しに、目頭が熱くなる。

 外套に潜ったヘリオスの小さな翼が慰めるように一度だけぱたんと揺れた。


「……嫌な匂いがする。気を付けたほうが良い」


 ヘリオスが小さく唸ると、ジェイド兄様も周囲を見回しながら頷いた。


「城下の兵も、どこか張り詰めているな。……城の中は、もっとだろう」


 その言葉に、胸がさらに重くなった。


* * *


 一方その頃、王城では──


 謁見の間の玉座に座る国王アルマンダインは、かつての威厳をすっかり失い、虚ろな瞳で宙を見つめていた。

 その傍らに佇むのは、漆黒のドレスを纏う王妃アデライド。柘榴石のような深紅の瞳が妖しく光り、美しく微笑むその姿は、その場に重苦しい影を落としている。


「陛下……次なる命令を」


 紅い唇から低く甘い声が広間に響いた瞬間、アルマンダインの肩がぴくりと揺れ、体がふらりと傾いた。

 そのまま玉座の肘掛けへ重たそうに体を預け、瞼を閉じて額に手を当てる。


「……陛下!」


 家臣の一人が慌てて駆け寄ろうとするが、アデライドが片手を上げて制した。白い指先を彩る深紅の長い爪が、灯りを弾いて艶めく。

 彼女はゆっくりと玉座へ体を寄せ、アルマンダインの肩へそっと手を置いた。


 慰めるように見える仕草──だが、その瞬間、アルマンダインの胸元から淡い光がにじみ出し、アデライドの白い谷間に揺れる紅い宝石に吸い込まれていく。


 アルマンダインの顔色は更に蒼白になり、瞳からは光が失われた。彼は、何かを堪えるように俯くと、力なく胸を押さえた。

 家臣たちの間に小さなざわめきが走ったが、誰一人として玉座に近寄ろうとする者はいなかった。その異様な雰囲気に、皆息を呑み、俯くことしか出来なかった。


「もう、休まれてくださいませ……陛下」


 アルマンダインの耳元で、笑みを浮かべるアデライドが囁いた。その声はどこまでも優しく甘美なのに、どこか冷たさが滲んでいた。

 王は力なく頷き、玉座に背を預けた。

 広間の家臣たちは誰ひとり声を上げられず、深々とこうべを垂れるしかなかった。


* * *


「アリアネル王女様が、いてくだされば……」


「しっ! 滅多なことを言うものではない……聞かれたらどうする……」


 重苦しい雰囲気の王城の一室で、老臣たちが囁き合っている。


「だが、陛下のご様子が明らかにおかしい……お顔の色も悪く、今にもお倒れになりそうだ……」


「聖女のお力を受け継がれる、王女様ならば……」


 薄暗い室内に、重い沈黙が響く。


「……あの方がいわれなき罪で追放される際、我らは何一つ出来なかった……今更、あの方に何を望む」


 その言葉に、一人の老臣が瞼を伏せる。


「違う……我らは出来なかったのではない、しなかったのだ」


 その声に、皆が俯いた。

 彼らが恐れているのは、漆黒を纏う紅い瞳──その白い胸元に揺れるアダマス王家の紅い宝石は、今や彼女の権力を表す象徴となっていた。

 国王を始め、王城の誰一人として、彼女に逆らえる者はいなかった。


 アダマス王家の象徴として玉座に堂々と君臨した王は、もはや存在しないも同然だった。

 かつて“建国王の再来”と称えられたその紅い瞳は、今や輝きを失った宝石のように沈み、漆黒の闇に覆い尽くされようとしていた。


* * *


 神殿では、民が膝をつき、必死に祈りを捧げていた。

 魔物の襲撃に怯える声が絶えず、癒しを求める人々が列を作る。


 私は街外れから見える神殿の尖塔を見上げ、ぎゅっと拳を握る。


「……やっぱり、何かがおかしい。早く確かめなくちゃ」


(お父様……私、逃げません……)


 城下から、紅い旗がはためく王城を見上げる。

 決意の色を帯びた私の横顔を、ヘリオスはじっと見つめていた。

 その金の瞳は、街の闇を睨み返すように鋭く光っていた。

次回、第十六話「突然の知らせ」

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