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第十四話 王都を目指して

挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 夜の街に、獣の咆哮が響き渡った。

 遠くから聞こえる叫び声に、私は思わず身を起こす。傍らで丸まって眠っていたヘリオスも目を開けると首を持ち上げた。


「……魔物……?」


 窓の外から聴こえるのは、魔物の唸り声と慌ただしく駆ける人々の声。怒号と叫び声が夜更けの街に響き渡る。

 心臓が早鐘を打ち、不安と恐怖が押し寄せる。


「アリア!」


 部屋の扉を押し開け、ジェイド兄様が剣を手に飛び込んできた。深い銀の髪を隠すように、目深にフードを被っている。

 フードから覗くその顔は険しく、容赦のない現実を告げているようだった。


「街が魔物の襲撃を受けているようだ。私が出るから、ヘリオスはアリアを頼む」


「待って、私も──」


「駄目だ!」


 ぴしゃりと遮られた声に、喉がひゅっと鳴った。


「アリアは、ここから出るな」


 「ヘリオス、頼んだぞ」と短く言うと、フードを更に深く被り直し、ジェイド兄様は風のように宿を飛び出していった。

 残された私は、ただ窓辺に立ち尽くした。


 外では魔物の唸り声と怒号、金属がぶつかる音が絶え間なく響いている。

 叫び声に胸が張り裂けそうなのに、足は一歩も動かなかった。


「アリア……」


 ヘリオスが肩にふわりと飛び乗る。

 小さな重みと体の温もりが伝わってきて、涙が止まらなかった。


「……私、何もできないわ……皆が傷ついていくのに……」


 握りしめた拳が震え、窓枠に額を押し付けるしかなかった。

 ヘリオスは、ただ黙って涙に濡れた頬に寄り添ってくれた。


* * *


 夜が明ける頃、街は静けさを取り戻した。

 けれど、それは戦いの終わりを意味するだけで、被害が消えたわけではない。


 石畳の上には、血の跡と壊れた荷車が散らばっている。

 人々の顔には疲労と恐怖が刻まれていた。


 まだ薄暗い中で、私の前に傷付いた人々が列を作っている。

 「痛いの、いや……」と泣きじゃくる女の子の腕にそっと手をかざすと、白い光が滲む。傷口がゆっくり閉じていき、泣き声が次第に小さくなる。


「ありがとう、おねえちゃん……」


 その言葉に胸が詰まった。

 ヘリオスも黙って傍にいてくれたが、その金の瞳には怒りの色が滲んでいた。


* * *


 傷を負った人々を癒し終え、ため息を吐く。

 夜は既に明けて朝の柔らかな日差しが石畳を照らしている。


(……やっぱり、何かがおかしいわ。魔物が出るようになったのは……城の様子が変わってしまったのも、アデライド様が現れてからだもの……)


 ぽつりと心の中で呟くと、胸の奥に重い決意が落ちてきた。

 もう見ているだけではいられないと思った。


「ヘリオス、ジェイド兄様。王都へ行きたいの。……お父様と、話をしなくちゃ」


 その言葉に、ヘリオスの尻尾が一度だけぱたんと揺れた。


「本当に、行く気なのか? ……お前を、城から追い出すような父親なんだろう」


 ヘリオスは、心配そうに金の瞳を揺らしている。


「アリア、城へ戻るのは危険だ。王妃がいる」


「王妃……?」


 ヘリオスの問い掛けに、ジェイド兄様が僅かに瞼を伏せる。


「アデライドだ。一年程前に現れた、素性の知れない女だ。彼女が現れてから、陛下も……城の様子も、おかしくなっていった。魔物が増えたのも、彼女が来てからだ」


 険しい顔で呟いたジェイドに、ヘリオスが尻尾を降ろす。


「そのアデライドという女を倒せば、解決するのか?」


「わからない……彼女は、本当に……得体が知れないんだ……」


 眉間に皺を寄せて俯いたジェイド兄様に、ヘリオスがふわりと飛び上がる。


「アリアが行きたいと言うなら、俺もついて行く……その、アデライドとかいう奴からも、俺が守ってやる」


「ありがとう、ヘリオス」


 小さな体で胸を張るヘリオスに、笑みが零れる。

 私たちの様子を見ていたジェイド兄様が、静かに顔を上げる。


「王都に着いたら、ひとまず私が城へ行ってみる。様子がわかるまで、ふたりは城から少し離れておいた方が良い」


 その言葉に、私は、震える心臓を押さえ、強く頷いた。

 温かな光を宿す翡翠の瞳と、肩に留まり寄り添ってくれる小さな温もりが、何より心強く感じた。


* * *


 街外れの森。

 朝の光が差し込む空き地に、白い光が広がる。


 次の瞬間、ヘリオスの体がぐんと伸び上がり、立派な成竜の姿が現れた。

 白金の鱗が朝日を反射して輝き、翼がゆっくりと広がる。


「……これが、ヘリオスの本当の姿か……竜が、こんなにも美しいとは……」


 ジェイド兄様が感嘆の息を洩らすと、ヘリオスがどこか満足げに鼻を鳴らした。


「乗れ、アリア」


 差し出された前脚に足を掛け、背に跨がる。ひんやりとした鱗の感触は、しがみつくとほのかに温かく感じ、どこか懐かしい匂いが胸を満たす。


 続いてジェイド兄様が背に乗ろうとすると、ヘリオスが低く唸った。


「お前は駄目だ」


 低く告げた声に、翡翠の瞳が丸く見開かれる。


「ヘリオス?!」


 淡々と言い放ったヘリオスと、呆然と立ち尽くすジェイド兄様とを交互に見やる。

 ヘリオスは、ジェイド兄様から顔を逸らすようにそっぽを向いた。


「ヘリオス……ジェイド兄様は、私にとって兄のような人なのよ。意地悪なことを言わないで」


 私がそう言うと、ヘリオスは少しだけ黙り込んだ。


「……仕方ないな」


 しぶしぶといった様子で首を振ると、ヘリオスは背中を低くした。


「ジェイド、お前が落ちても助けてやらないからな」


「……心得た」


 少し喉を鳴らしたジェイド兄様が真面目に頷き、私は思わず苦笑した。


「落ちないように気を付けてね、ってヘリオスは言いたいのよ」


「そんなことは言っていない!」


 不機嫌そうに顔を背けるヘリオスの様子が、なぜか少し可愛らしい。

 私の後ろにジェイド兄様が乗ると、ヘリオスが翼を広げる。


「行くぞ」


 白く大きな翼が風を掴み、体がふわりと浮き上がる。

 森の木々を抜け、森も街の屋根も小さくなり、地面が遠ざかっていく。

 朝の光の中、王都のある北の空が淡く薄紅色に染まっていた。


(待っていて……必ず、何とかしてみせる……)


 胸の奥でそっと呟くと、ヘリオスが速度を上げた。

 白い竜の影が空を駆け、王都へ向けて三人は飛び立った──

物語は、闇が暴かれる第三章へ──


次回、第十五話「変わり果てた王都」

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