第8話 そして、太田が帰った後。
第8話
そして、太田が帰った後。
「お嬢様」
「何?どうかしたの?」
「あの太田という男、例の神戸家の縁者ではないでしょうか」
「えっ、そうなの?」
「確証は有りませんが、今お聞きした住所は砧の神戸家のお屋敷の住所でした」
「それでは太田は神戸家に仕えている、ということになるのね」
「そうかも知れません。その神戸家がお嬢様の探しておられた者たちなのかはまだ確証がございませんが」
神戸信孝は織田信長の三男で、その血を引く一人であった。しかし神戸家に養子に入ったのち二十六歳の時に自害させられており、その子孫は絶えている。伶佳はその絶えている筈の信孝の子孫を探すよう祭に言いつけていたのだった。
砧の神戸家は華族ではない。ただ屋敷を見ると華族と言っても可笑しくない規模を誇っている。神戸家が北畠家の屋敷を買い取り、そこに住みだしたのは明治の終わりころだった。神戸家の家人たちは近隣の者たちとは交流が全く無かった為、神戸家が何者なのかを知る人は無かったのだ。
そして伶佳の誕生パーティーの当日を迎えた。パーティーは西条家の本宅で行われる。西条家は公爵家で、その資産は公爵家の中でも並みはずれていた。どのようにして財を成したかは華族の内でも不思議がられていたが特に目立った利益が出るようなことをやっているようには見えなかったのだ。
パーティーは他の公爵家を始め大勢の来客で溢れていた。皆目的は伶佳ではなく西条家当主西条監物に取り入りたいのだ。その華族一と言われる財力のお零れに預かりたいと言う輩と、西条家の金蔓を暴きたいという輩がいたのだ。
参加者には西条家と旧清家家の一つに数えられる嬬森侯爵家の令嬢が同年の伶佳の誕生日に本人からは招待されていないにも係わらず参加していた。伶佳とは初対面ではなくお互いを強く認識している。
「伶佳さん、お誕生日おめでとうございます。私より一つ年上になられたのですね」
嬬森紗栄子は俗にいう天然だった。嫌味で言っている訳ではないのだ。
「何?年寄りだとでもいうの?」
本当は曲解なのだが伶佳からすると当り前の反応だった。相手は華族第2号の侯爵令嬢、伶佳の西条家は華族第1号の公爵家、当然伶佳は紗栄子のことを下に見ている。西条家の財力に皆擦り寄って来る者たちの一員でしかないのだ。
本来嬬森家令嬢が公爵家の娘の誕生日パーティーに来ることはない。ただ同世代の一人として伶佳のご学友としても紗栄子を招待することは伶佳の父の配慮だっさた。
「そんな訳ないじゃないですか。伶佳さん、いつも冗談ばっかり」
紗栄子は本気で言っている。それが伶佳には逆に腹立たしかった。
その時、伶佳の視界の端に見慣れた服装とは全く違い盛装した男性が横切った。
「あっ」
伶佳より早く紗栄子が反応する。
「えっ?」
伶佳が招待した太田を紗栄子が知っている訳が無い。太田が仕えているはずの神戸家は華族ではないのだ、公爵令嬢がその使用人を知っているはずがなかった。
「何、あなた太田さんを知っているの?」
太田がこちらに気が付いて近づいてくる。どちらに向かってきているのか判らない。
「伶佳お嬢様、お誕生日おめでとうございます。今日はお招きいただきありががとうございました。厚かましくやって来てしまいました」
太田は招待主である伶佳に先に挨拶をした。ちゃんと弁えているのだ。
「伶佳さんと新平さんがお知り合いと聞いて吃驚しましたわ。それに私も新平さんも今日の伶佳さんのお誕生日会にお招きに預かっているなんて、とても素敵な偶然ですわね」
これも本気で言っているのだから質が悪いと伶佳は思っていた。
「太田さん、よく来てくれました。今日だけではなく、またこの屋敷の方にも佐島の時と同じように気軽に来てくださいな」
「ええ、是非」
太田は特に紗栄子には挨拶をしないでその場を離れた。伶佳の父西条監物に挨拶に行った。その太田の横には少し陰気な青年を伴っていた。あれが太田の主人である神戸家の者か。伶佳はその姿を目に焼き付けるのだった。




