第5話「あれが西条家の伶佳か」
第5話
「あれが西条家の伶佳か」
いつの間にか太田新平の横に別の男の姿があった。年恰好は太田とあまり違わないが精悍な太田に比べてその男の顔は少し病人めいていた。生気がないというか、顔色は真っ白だ。ただ眼光だけは鋭かった。
「そのようです。いかがいたしましょうか」
会話を聞いていると二人の間の関係が垣間見える。男はどうやら太田の主人か主人筋のようだ。
「そうだな、彼の者が私のことを嗅ぎまわっていることは確かのようだ。それに例の物を近々に手に入れるかも知れない」
「では」
「そうだな。彼の者の手元に全てが揃ったところで」
「判りました。ではその手配で。小林にも準備をしておくよう伝えておきます」
「うむ。しかしこの時期にあちらから来てくれるとはあちらの運が悪いのか、こちらの運がいいのか」
「全ては御館様のご威光の賜物だと存じます」
「世辞は良い」
辺りはもう夕暮れになっていた。逢魔が時とも言うのだが、その言葉には、そしてその背景には意味がある。また黄昏時とも言う。それは誰そ彼時でもある。
その時、二人の前の海に少し大きめの波が寄せた。
「騒ぐでないわ。いずれ相まみえようぞ」
その言葉の後には波は収まっていた。
伶佳が別荘に戻ると直ぐに祭が出迎えた。
「お嬢様、ここにまであの男が来ておりましたが」
「ああ、それは私が呼んだのです。それで何処にいるのですか?」
「祭はお聞きしておりませんでしたので追い返しました。出直してくるのではないかと思いますが」
「何と勝手なことを。いつ私が追い返せなどと言い付けたの?」
「いいえ、そんなことは承ってはおりませんが、ここに京極様がいらっしゃることもお聞きしておりませんでしたので。申し訳ございません」
勿論祭の所為ではないのだが不機嫌な伶佳に対しては謝るしかなかった。
「もういいわ。それでまた来ると言っていたのね」
「いえ、私が出直してくるように、と伝えただけです」
「それでは戻って来るでしょう」
伶佳が戻った時には既に日が落ちかけていたので骨董屋が戻るとしても夜になってからか場合によっては明日になるだろう。




