第3話「佐島に行きます」
「佐島に行きます」
突然伶佳がいいだした。神奈川県横須賀市の佐島には西条家の数ある別荘のうちの一つがある。建物の外見は最新の建築の様に見えるのだが建て替えたのではなく古くからの建物を全面的に改修したものだ。
別荘は海沿いに建っており、屋敷の地下は直接海に繋がっている。そこには小さい船が係留されているのだ。
伶佳は時より別荘に行って過ごしていた。ただ別荘に行くときはいつも一人だった。祭ですら連れて行ってはもらえない。勿論父親や兄、妹とも一緒には行ったことがなかった。
「今回もお一人で行かれるのですか?」
判り切った答えだったが聞かない訳にもいかない祭だった。
「いいえ、祭、今回は付いて来なさい」
「えっ?」
予想していなかった答えに素で反応してしまった祭だった。
「よろしいのですか?」
「何?嫌なの?」
「飛んでもございません。ご一緒させていただきます。お嬢様がまだ十歳の頃に旦那様と秀成様、香菜子様の四人でご一緒させていただいた時以来ですね」
祭は、伶佳は勿論他の西条家の人々とは一緒に出掛けることはもう絶えてなかったのだ。
翌日の昼前から運転手付きの自動車で伶佳と祭の二人は佐島の別荘へと向かった。
「思ったより時間が掛かったわね」
元々昼過ぎに着けるように出発してはいたのだが別荘に着いた時には四時を少し過ぎていた。
「少し散歩でもしてくるわ、祭は部屋をちゃんと使えるようにしておいてね」
「かしこまりました。もう日も暮れますのでお嬢様もあまり遠くへは行かれませんように」
「判っているわ、いちいち煩いのよ、祭は」
そう言うと伶佳は一人で散歩に出かけてしまった。
「なんでうちのお嬢様はあんな風に育ってしまったのでしょうね」
祭一人の筈だったが、明らかに誰かに話しかけている口調だった。
「私の所為だって言うの?確かにそうかも知れないけれど、私も精一杯やって来たのよ。元々のお嬢様の気質じゃなくて?」
「判ったわ、そりゃあなたはいつも正しいわよ」
「本当に?確かにお嬢様なら遣り兼ねないわね」
話をしながらも祭は手を止めない。伶佳が戻るまでにベッドメイキングを含めて全てを終わらせておかなければならない。