第10話「いかがしましょう、御館様」
第10話
「いかがしましょう、御館様」
「どうしたものかな。嬬森の旦那様にも了解を得ないといけないしな」
「それにお嬢様のことも」
「どちらかと言うとそっちか」
「かも知れません」
「判った、旦那様の方は任せろ。と言うか太田、お前自身はどうなんだ?」
「私はご命令とあれば如何様にも」
「まあ、そう言うか。少し紗栄子お嬢様のお相手をしておけ、呆気に取られておられるようだ」
紗栄子は伶佳の申し出を聞いて完全に立ったまま意識を失ったようになっている。それほどに太田の存在が紗栄子の中で大きかったのだろう。ただそれは本人もそれまで気がついていないことだった。
「大丈夫ですか、お嬢様」
太田が紗栄子を椅子に座らせたうえで声を掛けた。
「はい、もう大丈夫です。太田さん、本当にいつも気に掛けてくださってありがとうございます」
「そんな、こちらこそいつもお嬢様にも旦那様にもお世話になっているのはこちらです」
紗栄子は父と神戸家の関係は判らない。父が太田に何を頼み、太田がそれにどう応えているのかも判らない。ただ父は太田の時間が空いている時は自分の話し相手をするよう言ってくれる。
太田と紗栄子は5歳違いだが、紗栄子の周りにはあまり同世代の者が居なかった。コミュニケーションを取ることが苦手な紗栄子にとって伶佳も含めて華族の同世代は別の生き物のようにしか思えなかったのだ。
「でも先ほどのお話しで伶佳様のところに行かれるのでしょう?」
紗栄子は思わず太田が答えにくい話を振ってしまって後悔した。
「それはなんとか」
太田は言い淀んでしまった。自分でもどうなるかが判らないのだ。
「御館様」
「太田か」
「はい。お決めになられましたか?」
「うむ。いやまだ悩んでいるのだ。嬬森家にはいままで世話になった恩がある。だが今後西条家とも誼を結びたいと思っているのだ。お前はどう思う?」
「御館様の仰る通りに」
「それは判っている。お前の意見を聞いているのだ」
「私の個人的な意見を申してよろしいのであれば」
「どっちだ」
「嬬森家には先代の頃より随分お世話になったとお聞きしております。それを無碍にすることは心苦しいと感じます」
「そうか。では西条家とは敵対してしまうかも知れんな」
華族の最高峰であるところの西条家に睨まれればただでは済まないだろう。




