第1話「全く、何だって言うのよ!」
「全く、何だって言うのよ!」
魂からの叫びだった。
声の主の名前は最上寺霊歌、最上寺家の一人娘だ。
最上寺家は古くは源平藤橘がまだ分かれていなかった時代より続く名家だ。
ただ歴史の表舞台には出ない、陰で暗躍する者たちの集団だった。
飛鳥に始まり奈良、平安、鎌倉、室町と幾代にもわたり貴族と呼ばれる者たちを裏で纏め上げていたのが最上寺家なのだ。
「私が何をしたと言うの?」
時は室町末期、戦国。貴族の影に暗躍していた最上寺家の影響を全く受けない武家の時代がやって来ていた。
鎌倉の源氏は幕府を東国に置いたこともあり一時的には義仲に蹂躙されかかったこともあったが京の貴族たちは十分生き延びていた。
そして、足利氏とは巧く折り合いを付けて室町の世まで綿々と生き延びて来たのだ。
それが織田上総介と言う破天荒な傑物の所為で全てが台無しになってしまっていた。
「何者なの上総介とかいう痴れ者は」
それまで聞いたことも無かった織田家のうつけが室町幕府の将軍を擁して畿内を席巻していたのだ。
最上寺家の屋敷は他家と比べるとそれほど大きくはない。その屋敷を織田軍が襲撃したのは最上寺家の立場を十分理解した上でのことだった。
「絶対に娘は逃すな」
襲撃隊の隊長が叫ぶ。皆殺しの命ではあったが、目的は最上寺霊歌ただ一人だった。
「最上寺霊歌だな」
「下賤の者、誰の許しを得てお屋敷に踏み入っておるのじゃ」
「我が主の命にて押し入っておる。我らには他の許しは必要とせん」
取り付く島が無かった。
「よし、火を点けよ」
男の命で部下数人が霊歌に迫る。何やら見たこともない道具で火を点けようとしていた。
「何じゃそれは」
「知らぬ。ただお前を殺すにはこの道具が必要だと託されただけだ。覚悟するのだな」
最上家は織田軍によって家人全員が惨殺され屋敷にも火が放たれた。そして当主である最上寺伴宣やその一人娘である霊歌もその毒牙に掛けられようとしていた。
伴宣は兵士に切られて一瞬で絶命したが、霊歌は切られる前に火を点けられてしまった。
だが霊歌は身体を包み込む炎の中、その熱さでのた打ち回るわけではなく、美しく舞っていた。ただその身体の輪郭は実際の物とは少しズレ始めていた。
「おのれ、おのれ、上総介。我の身体を焼く炎があろうとは、まさか、あ奴が加担しておるとでも言うのか。まあよい、この恨みいつか必ず晴らしてくれようぞ」
霊歌はその身体が燃え尽きるまで恨みの言葉を吐き続けていた。霊歌であったものは塵一つ残さず燃え尽きてしまった。それは到底普通の人間に起こり得る事ではなかった。




