信仰の価値
レイシア王国山奥にある洞窟の一角にて。
「お頭、次はどう動きやすか?」
「そうだなぁ。この国は平和だからまだ居たい気持ちもあるんだがな、騎士共が本格的に動き出したせいでこっちも動きづらい。南に移動して、国を変えるのも手だな」
お頭と呼ばれる盗賊の首魁は、現状について冷静に分析していた。この国の騎士は強い。盗賊がいくら束になろうとも、騎士と会敵してしまえば盗賊の負けだということをわかっていた。
だから、騎士に見つからないよう慎重に事を進めていたのだが、思った以上に騎士の動きは早かった。繰り返し山狩をされれば見つかるのも時間の問題というのもわかっている。
レイシア王国の南にあるライネス王国には、この国のような出鱈目な存在の騎士はいない。いても冒険者程度のものだ。冒険者が騎士に劣るということはないが、組織力的な意味合いで言えば、騎士に軍配が上がる。
「奴さんらが本格的に動き出す前に、トンズラするとするか。一部捕まっちまった奴らもいるしな」
首魁は恐れていた。捕まった奴らから情報が漏れ、包囲されるのを。しかしこうも考えていた。情報は吐かないだろうと。奴らには死霊術の恐ろしさを目の前で見せていた。死後魂が弄ばれるとどうなるか、捕まった者はもちろん、ここにいる者の誰もが知っている。
この国にいるのが騎士だけだったなら、情報は漏れず安全に移動できただろう。だがこの国にはいまイレギュラーが存在している。そのことに盗賊たちは気づかない。
・・・・・・・・・
「シルビア、クレイヴァン隊は何人出せる?」
「クレイヴァン卿は動かすことが出来ないから、私含めて二十六人程だ」
「少ないな」
「仕方ないだろう。クレイヴァン隊は精鋭の集まりだ。人数はそんなに多くない」
ふむ、その人数じゃ包囲するのは無理だな。分散させてしまうのも悪手だろう。やっぱり、他の騎士隊にも声をかけるべきかな。
「とりあえず、他の騎士隊にも声掛けて作戦会議しようか。他の騎士隊も討伐には前向きだろうし」
「わかった」
シルビアに他の騎士隊に声を掛けてもらい、兵舎にて作戦会議を開くことにした。
幸い、情報を吐かせたとして主導権はこちらにある。なんせ拷問にも耐えた盗賊たちにコロッと情報を吐かせたのだ。その手法はともかく、成果だけ見れば誰も文句など言えない。
「お集まりいただきありがとうございます。今回この場を取り仕切る事になりました、レイシア王国相談役の波多江です。どうぞよろしくお願いします」
「貴殿が噂の相談役か。素早く情報を吐かせたのは見事だ。私はシシリア=アンブロジーニ。八拾人部下を率いる、アンブロジーニ隊隊長だ。よろしく頼む」
自己主張強いな。人数も騎士団内ではトップなんだろう。それに隊長ってことは実力もあるわけだ。
「とりあえず、今回吐かせた情報を参考しにして、拠点としていた洞窟の場所。逃走経路を地図に書きました。見てください」
中央にある机に地図を広げる。この地図の作成にはジャンさんに協力してもらった。城下町の外のことなんて南に行ったら国境付近に湖があることしか知らないし。
——これは見事
——素晴らしい
「一番槍として出たい隊はありますか?」
シルビアが勢いよく手を挙げる。
おい、誰だ今舌打ちした奴。顔覚えたからな。
「一番槍はアンブロジーニ隊に任せてくれたまえ。これだけ情報が出揃っているなら我が隊で十分討伐可能だろう」
「じゃあアンブロジーニ隊にお願いします。ウィークス卿には後詰めとして南の街道傍に待機してもらいます」
「え」
え、とか言うなよシルビア。ちゃんとこっちにも考えがあるんだよ。
「皆さんも知っているでしょうが、敵側には死霊術を使う奴がいます。そんなにたくさん死体を用意されても困りますが、万が一ってこともあるので魔法師団や教会と連携して動いてもらえますか?皆さんがアンデッドになったりしたら目も当てられませんから。あと、私は戦えないのでクレイヴァン隊に同行します」
そのまま他の隊にも配置を言い渡して会議を終えた。
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奇襲は夜行うので、日が昇っているうちに配置につくことにした。
「君を信用した私が愚かだった」
「待って、くれ。俺は、そんなに、早く動けない」
こっちの声は無視され、シルビアはどんどん進んでく。せめて速度を合わせてくれ。
「まあ、待つんじゃシルビア。坊主にもちゃんと考えがあってこの配置にしておる。坊主の考えでは、クレイヴァン隊が会敵すると見ておる」
「む、そうなのか?」
ジャンさん、そのままお願いします。こっちは息が上がってそれどころじゃないです。
しかしジャンさん達も凄いな、結構いい年なんだとは思うけど皆息一つ上がってない。
「言い方は悪いが、他の隊は囮なんじゃと」
「それは、騎士としてどうなのだ?」
ようやく足を止めてこっちに話を振ってきた。もうちょっと気遣いってもんをもらえませんかねぇ。
「生憎と、俺は、騎士じゃない」
「それはそうだが、そのやり方はどうかと思うぞ」
そう言いながら俺を軽々と担ぐシルビア。もうヤダこの脳筋。
移動を再開し、目的地につくまでの間、簡単に今回の作戦の内容を伝える。
今回の作戦の肝はこの隊なのだ。だから俺もこの隊についてきてる。
本当は、ラウラさん達魔法師団もついてきてもらいたかったけど、他の隊のバックアップに回ってもらった。
おそらくだが、死霊術の特性として死者の一部が必要になるのだろう。アンデッドがそんなに数が多くなかったのはそれ故だと予想している。
しかし、それでも脅威なのは脅威だ。尋常じゃない再生速度。あとは感染みたいな感じでアンデッドが増える可能性もある。そういった危険性を考慮してアンブロジーニ隊を一番槍にした。人数が多いということは統率もしっかり取れているのだろうと判断して。
・・・・・・・・・
「ちっ、情報が漏れていやがるな。誰だぁ、吐いた奴は」
「カルロ、どうする?」
カルロと呼ばれた盗賊の首魁は思案していた。
「どうするもこうするも、逃げるしかねぇよ。騎士とまともにやり合っちゃ命が幾つあっても足りねぇ。それにこの数だ。全力で逃げる以外に手はねぇよ。最悪お前の持ってるお宝も捨ててけ。命がありゃなんとかなる」
カルロとともに逃走する盗賊は、商人たちから剥ぎ取ったお宝を持っている。逃走の邪魔になるならそれすら捨てていけと言う程、今回の山狩は苛烈だった。
逃走経路に先回りこそされていないものの、少し前までいた場所には騎士の手が回っている。予備の拠点も潰され、いよいよ他国に逃げるしか道がなくなった盗賊たち。
しかし希望はある。ライネス王国に逃げれば、追撃の手は止み、相手するのは冒険者だけで済む。街道を進む商会に冒険者の護衛がつくのは痛手だが、国を移動したあとに現地で盗賊を吸収すれば、四、五人の冒険者くらいならなんとかなるそう考えていた。
「最低限のお宝だけ残してあとは捨ててけ!死体の予備ももう使っちまってこっちにゃ出来ることがねぇ。逃げることに全力尽くせ!」
ガシャガシャと音を立て、袋の中から宝を撒き散らして全力で逃走する。
彼の言った通り、死霊術に使える死体は最初の襲撃のときに足止めとして全部使ってしまった。その時はまたいつもの山狩だろうと思っていたが、実際は違った。騎士たちの襲撃は苛烈で、確実に捕まえに来ていたのだ。最初からわかっていれば、アンデッドの使い所も考えた。
だが現実は甘くない。
確実に騎士たちの剣は彼らの喉元に迫っていた。
カルロは考える。捕まった奴らに死霊術の脅しはしっかりと効いていた。死後現世に呼び戻され、魂を弄ばれた者たちを見て、顔を青ざめていたのだ。効いていない訳が無い。
ではなぜか。この短時間で死霊術の特性を見抜いたものがいたのか?そんな酔狂なやつが居るのだろうか。この世界で死霊術は禁忌だ。研究するだけでも打ち首は確定だ。
カルロが死霊術を習得したのは偶然だったが、そんな偶然を引き当てるやつが他にも居るのか?考え始めればきりがない。
厄介なのは手の内を何度か見せたせいで、騎士たちがアンデッド対策をして山狩をしている点だ。
教会による武器の洗礼。おまけに、この国には魔法に特化した魔法師団なんてものが存在しているという。そんな奴らが対策して狩りに来れば、足止めもあまり意味がないかもしれない。
「おい、逃走経路は頭に入れてるな。こっからは別れて逃げるぞ。どの道奴らに見つかれば、逃げられる保証はねぇ。見つかる前に姿を隠すか国境を超えるぞ。さっきも言ったがお宝は捨てちまっても構わねぇ」
「……わかった。生きてまた会おう」
そうして連れと別れ、逃走を再開する。心配したふりをしたが体の良い囮だ。
カルロは、自分さえ助かればそれでいいと考えている。自分さえ助かればまた盗賊をまとめ上げるのも簡単だし、死霊術による脅しもある。
次は情報が漏れても問題ないように下っ端には偽の情報を渡しておけばいい。それにライネスでは護衛付きを襲うことになるのだから人数も必要になる。捕まる前に殺されるのがオチだ。
「しっかし、まいったねぇ。こうも後手後手になるとは。暗部時代が懐かしくなる。優秀な部下が欲しくなるわこりゃ」
暗部時代を懐かしむ。そんなに前の話ではないが、問題を起こして追放されたわけではない。彼が国を離れたのには原因がある。今も懐にしまってある、一冊の本が原因だ。この本のせいで信仰は崩れ、国を去る決断をした。死霊術を覚えたのもある意味この本のせいだ。
偶然、この本の由来を聞いてしまい、本を持ち出して国を離れるまでそんなに時間はかからなかった。
カルロが元いた聖国では信仰が一気に揺らいでしまう、そんな本なのだ。
突然、目の前に金髪の騎士が現れ、声を響かせる。
「ここまでだ。悪党」