同郷の君へ
王城の一室で爽やかな朝を迎える……というわけには行かない。この部屋、窓がないのだ。防犯上の都合とかなんだろうけど、陽の光が入って来ないから当然部屋は暗いし、シャキッと目が覚めることもない。
ベッドサイドにおいておいた日照石がほんのりと明かりを放ってる。
すごいな。何時間寝たかわかんないけど、結構長い時間光ってるんだな。
素直に感心しながらベッドサイドのテーブルに置いておいた日照石に手を伸ばし、壁の台座に置く。部屋が明るくなったのを確認して部屋を一周見回してみる。
昨日は疲れててすぐに寝ちゃったけど、部屋の中に時計はないんだな。ということはシルビアが来るまで暇だな。
「はぁ……せめて時計があればな。腕時計なんて着ける習慣ないから時間わかんないし、携帯は家じゃ持ち歩かないから本当に着の身着のままだ。着替えが用意されてるなら一応着替えるか。靴も便所サンダルじゃ流石に動き回るのはな……」
箪笥を開けてみると服が何着か入っていた。
ボタンの付いていない胸元に切り込みの入った長袖に、ベルト、ズボン、靴下。
よかった、ヒラヒラとか付いてなくて。あんまり服に興味ないからなんていう服なのかわかんないけど、着替えと靴下があるのはありがたいな。
着替えを済ませ来ていた服を畳んでいると扉の方から声が聞こえてきた。
「—————。———」
あー、すっかり翻訳の魔法のこと忘れてた。術者が近くにいないとそんなに長くは持たないのか。
適当に返事をし鍵を開け扉を開けると、朝食を持ったシルビアさんと眠たそうなラウラさんが部屋の前にいた。
シルビアさんは朝食をテーブルに置きに部屋の中に入り、ラウラさんはこちらに腕輪のようなものを差し出している。
何だこれ。
石のはめられた腕輪を受け取り腕にはめ言葉を発する。
「おはようございます」
「おはようございます。昨日はごめんなさいね。魔法の事すっかり忘れていたわ。それ、翻訳の魔法が封じてある腕輪ね。一週間くらい魔力を込めなくても大丈夫だと思うわ。まだ魔力の流し方なんてわからないだろうから、切れそうになったらまた込めてあげるわね」
そう言ってラウラさんはベッドサイドのテーブルを椅子代わりにして座った。シルビアさんもいつの間にか座ってる。
「おはよう。黒パンをそのままかじったと聞いて、今日は白パンと目玉焼きだ。これで少しは見慣れた食事になったか?」
「ええ、ちょっと驚いてます。お気遣いありがとうございます。いただきます」
せっかく持ってきてくれたのだからいただくとしよう。
目玉焼きの上にパンを乗せ、ひっくり返して一緒に食べる。
目玉焼きは片面焼きではなく両面焼きでしっかりと火が通ってる。
両面焼きの目玉焼きは初めて食べたけどうまいなこれ。
「いただきます?変わった挨拶だな」
「元いた国では食事を摂る前に命に感謝するような意味合いなんですよ。ちなみに一週間って何日ですか?」
「七日だ。そっちの世界じゃ違うのか?」
「一緒ですね。ありがとうございます。腕輪の魔力が何日もつか知りたかったので」
「そうか。その、なんだ。かしこまった喋り方はしなくてもいいのだぞ?おそらく年もそんなに変わらないだろう」
「年は?」
「十九だ」
「じゃ、年上です。年は———」
日本人あるあるか童顔だとか、幼く見えやすいとかそんなんだろう。この世界でも通用するらしい。都合いいか?
「う、嘘だ!本当に君はヒト族か!?」
「シルビア、残念ながら本当のようだよ。私はそのままで構わないわ。はぁ、若くいられる秘密を知りたいね」
ラウラさんもシルビアさんとそんな年離れてないでしょうに。見たところ20代前半に——。
「女性の年を当てようとするとは、随分と失礼じゃないか。ええ?」
ラウラさんから怒気が発せられる。
「す、すいません。秘密とかはないんですよ。地球の世界では俺の住んでる国の人間は若く見えるだとか、幼く見えるだとかそういう国でして……血筋だと思ってもらえれば」
年齢の話はするもんじゃない。ほんっとーに。シルビアさんお願いしますよ。
「シルビア、飯美味かった。ありがとう。ラウラさんも翻訳の道具ありがとうございます」
「う、うむ。満足してもらえたようで何よりだ」
そちらも満足してもらえたようで何よりだ。年齢の話題はこれ以上危険だから引き下がってくれてよかったよ。
「では、陛下のところへ向かうとするか。食器はそのままでいい。後で城仕えのものが片付けてくれる」
「わかった。案内よろしく頼む」
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案内されたのは他の扉に比べて、装飾の施された扉だ。
ひと目見て偉い人の部屋だってわかる。それに、扉の前に衛兵が立っていれば余計だな。
「ご苦労。陛下、ウィークスです。ロッテンブライト卿と異界人を連れてまいりました」
へえ、ラウラさんロッテンブライトっていうんだ。かっこいいな。
「入れ」
声が遠くてはっきりわからないけど聞いた感じ若そうな声してるな。あー失礼働いて無礼討ちとかされないかな……何が無礼かなんてよくわかんないし……
「失礼します」
「やあ、君が噂の異界人だね。はじめまして。レイシア王国国王、アンリ・ベルジュ=レイシアだ。ちなみに年は二十八日だ。いやー、君に会うのが楽しみで夜しか眠れなかったよ。こっちにいるのがレノックス・クレイヴァン卿だ。王国最強の騎士だね。そしてウィークス卿のいる隊の隊長だ」
シルビアよりも少し明るい金髪。肩あたりで結んだ髪は腰よりも少し短い。彼の青い瞳はこちらを見透かすようで若干の居心地の悪さを感じる。
「しっかり寝てるじゃないか……」
やべ、思わず口にしてしまった。国王以外から冷ややかな目が向けられる気がする。やらかしたなぁ。
「失礼しました。別の世界からやってきました、波多江です。よろしくお願いします」
一瞬ラウラさんの方に視線を向けたか?ああ、嘘破りか。本当に便利な魔法だよ。
「そんなにかしこまらなくていいよ。たしかに私は国王だが、君は客人だ。しかも異界人ときた。異界人は丁重にもてなせと王族には代々伝わっていてね。まさか私の代で異界人が来るとは思わなかったとも」
「えーっと……じゃあ、アンリ陛下」
「アンリでいい」
この国王どんだけフランクなんだよ。クレイヴァン卿はなんだか呆れてるし、シルビアとラウラは冷や汗かきそうな顔してるし。やりづらいよこの王様。
「アンリ……今の話が本当だとして、国は異界人が再び現れるって知ってたのか?それともこの国で召喚の儀式でもしてたのか?」
「知っていたわけではない。再び異世界からヒトが来たときはぜひ優しくしてほしい、そう国が建国してから代々伝わっている。召喚の儀式なんてものはやってないよ。仮にあったとしたらもっと早く手を出していたかもしれない。新しいものが好きなのでね、最も、非人道的なら手は出していないさ。それくらいはわきまえている。さて、質問にも答えたし、ちょっと試したいことがあってね。はろう。伝わるかな?」
「ああ、ハロー?」
アンリ以外がナンノコッチャって顔してる。俺も聞きたいなんのこっちゃ。
「なるほど。ウィークス卿、ロッテンブライト卿下がってもらえるか?ウィークス卿は部屋の外で待機していてくれ。ロッテンブライト卿は道具の準備等ご苦労だった。通常の仕事に戻っていい」
「……わかりました」
「わかりました」
ちょっとシルビア、嫌そうな顔するなよ。
そうして二人は退出していった。
「さて、私はさっきの言葉の意味を知らない。これも代々伝わっている。異界人にはこう言いなさいと。反応を見るに正しく発音してできていたようで良かった」
「ああ、ちゃんと伝わったよ……少なくとも勇者と魔王の二人と同じ世界の出身だ。けど、そんなふうに身元の確認をされるとは思わなかったな。翻訳の魔法のお陰で全然気づかなかったよ。それで、初代国王は勇者か魔王のどちらかに近しい人だったと」
「そうだね。そういうことになる。ただ、どっちに近しいかの話はまた今度するとしよう。今、話をしようと思って二人には退出してもらったけど、まずは君にこの世界を知って貰うとしよう。手始めに、そうだね……君には、この国の相談役をお願いしようかな。君の世界とこの世界、その差異を教えてもらいたい。もちろん給金は支払う」
「陛下……」
あー、クレイヴァン卿苦労してんだな。
「こっちとしては願ったり叶ったりだけど、いいのか?そんな思いつきで相談役なんて。いい情報なんてこれっぽっちもないかもしれないぞ?」
「もちろんそれはそれで構わない。でも、他の国を知ることは大事だ。それに、他の国から相談役を選ぶより簡単だし有意義だ」
「わかった。とりあえずその話受けさせてもらう。今は一文無しだ。住むところは都合つけたりしてくれるのか?」
「ああ、そうだね。ウィークス卿入ってくれ」
もしかしてシルビアの家に住めとでも言うのか?一応年頃の女の子だぞ。
「失礼します」
「彼は今日からこの国の相談役という事になった。しかし今は住むところがない。暫くの間、ウィークス卿の家に住まわせてもらうことは可能かな?」
「問題ありません。しかし、よろしいのですか?私の家などで」
絶対断れないよね。この国のトップが言うんだもの。クレイヴァン卿はなんか微妙な顔してるし。
「問題ないだろう。何かあっても君ならば制圧することも出来るだろうし、昨日と今日でそれなりに言葉は交わしているだろう?そういうヒトの場所のほうがいいと思うのだが」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
何か間違いでも起こそうものなら物理的に首が飛んじゃうよ。命は大事。
「じゃあ今日はここまでにするとしよう。通行手形は次回来るまでに準備しておく。ウィークス卿、今日は彼にこの国を案内してくれ。では」
執務室をあとにしてシルビアと城内を歩いてく。
さっきからシルビアはこちらを見てはため息を繰り返してる。
「ちょっと砕け過ぎではないか?見ていたこっちは気が気じゃなかったぞ」
「いやこっちだって全然慣れないよ。まあ、アンリがああ言ってるなら仕方ないんじゃないか?仕事の息抜きみたいなもんなのかもしれない」
あれでもこの国の王だ。一日中部屋に籠もってやらなきゃいけない仕事が山程あるんだろう。
「陛下が許しているのなら私からは何も言うまい。今日は案内を任せられたが毎日案内できるわけじゃない。せめて執務室までの道を覚えてもらうぞ」
「わかった、それと後で靴買ってもらっていい?」
しかしレイシア王国か、どんな国なんだろう。食事とかも気になるな。風呂にも入りたいな。亜人とかもいるのかな?
そんな思いを胸に城をあとにした。