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異世界の文明レベルはそんなに低くない

 シルビア=ウィークスは悩んでいた。

 ただの巡回任務のはずがなんでこんな面倒なことになってしまったのか。原因は自分を異界人だと言ったあの男のせいということはわかっている。遭遇した時、一瞬剣に手をかけたが、絞め落とすに留まった自分を褒めてやりたい。黒髪の人間に思うところが無いわけではない。

 騎士であった父は勇者の子孫を名乗る愉快犯との戦闘で殉職してしまった。聖職者であった母もその時に。

 決して弱い二人ではなかった。若年ながらも副隊長に近いと言われていた父、数々の魔族を屠ったとされる母。

 今でも思い出すが、あの愉快犯は異常であった。無尽蔵かと思えるような魔力に加え、植物を操る異能に父と母も後れを取ってしまっていた。

 我が隊の隊長が駆けつけたときには時既に遅く、二人は事切れてしまっていた。その後隊長によって討伐されるが、愉快犯の正体も、異能の正体も不明のままとなってしまっている。

 そして勇敢に立ち向かった父の姿を目に刻んだ私は騎士になる道を目指した。幼い頃から鍛錬に鍛錬を重ね、女という立場的不利も跳ね除け、その実力を認められクレイヴァン卿の部隊に組み込まれることになった。


「はぁ……」


 気が重い。本来であれば異界人の彼のこともクレイヴァン卿に報告すればよかったのだが、生憎とクレイヴァン卿は別任務で、城を離れている。そうなると報告は私が直接陛下にお伝えするしか無い。一騎士にとって陛下は雲の上のお方だ。こんな報告で陛下のお手を煩わせてしまうのがなんとも悩ましい。そんな事を考えている間に執務室の前まで来てしまった


「陛下、ウィークスです。巡回任務のご報告に上がりました」


「入れ」


「失礼します。クレイヴァン隊巡回任務より帰還いたしました。野盗などは住み着いておりませんでしたが、代わりに黒髪の男がいたため捕縛し城に連れ帰りました。言葉が通じなかったためラウラ協力の元、聴取を行ったところ魔族ではなく男が異界人であると判明しました。現在異界人は地下牢にてラウラが監視しております。報告は以上です」


「異界人を地下牢にか……言葉が通じなかったのであれば仕方ない。異界人を客室に案内し、明日もう一度ここに異界人、オッテンブライト卿とともに来い。あと、黒髪は目立つ。食事は部屋に持っていってやれ、風呂はすまないが今日は控えてもらうように。以上だ、下がれ」


「はっ」


 陛下が直接お話をするということは、、異界人とは私が思っていたよりもかなり重要人物なのではないか?そんな相手に私は斬りかかろうとした挙げ句、絞め落として連れ帰ると判断してしまったのか。彼に謝らなくてはあるまい。そんな事を考えながら地下牢に向かう。


 ・・・・・・・・

 

 女騎士とラウラをぼんやりとしながら待っていると、部屋の外から足音が聞こえ二人が戻ってきた。


「まずは非礼を詫びる。言葉が通じなかっとはいえ乱暴な手段で城に連れ帰ってしまった。そして聴取を行うとはいえ罪人のような扱いをしてしまった。すまない。すぐに足の錠も外そう」


 部屋に入ってくるなり女騎士は謝罪を始めた。これは……上司になにか言われたのか?


「いや、構わないですよ。正直自分が怪しいっていうのはわかってるんで仕方ないと思います」


「感謝する。名乗りが遅れて申し訳ない。私はレイシア王国クレイヴァン隊所属、シルビア=ウィークスだ」


 シルビアさんはそう名乗りを上げて足の錠を外してくれた。

 立ち上がって伸びをする。長時間体を動かしていなかったせいか体が小気味よく音を鳴らした。


「これはどうも。波多江です。それで、どういう扱いになりましたか?」


「ああ、このあと客室に移動してもらい明日、陛下と話をしてもらう」


 この国の王様と話をするとは、随分とただ事じゃない感じがするな。しかしこの扱いの差、王族は異世界人について伏せている情報でもあるのだろうか……


「わかりました。とりあえずここは冷えるので客室に案内してもらってもいいですか?」


「わかった。あとはそうだな……風呂は今日は控えてもらうように言われた。まあ黒髪は目立つ。食事だがお腹は減っていないか?」


「さっきラウラさんにもらいました。結構お腹へってたので」


「そうか、ラウラすまないな。後で食事でも奢ろう」


「じゃあ、お願いね」


 しかし、ここが王城だったとは……てっきり騎士団の詰め所とかそういったところだと思ってた。やっぱり王城なだけに広いな。さっきの地下牢っぽいところもそれなりに明るかったが、廊下はぜんぜん違うな。日が落ちてるのにこっちの世界とあんまり変わらない明るさだ。なんというか、流石異世界って感じだな。


「この廊下を照らしているのはなんですか?」


「それはですねぇ、日照石といって魔力を流すと光る石ですね。日中外においておいても光るんですけど明るさは魔力を流した時のほうが明るいですね。魔力をためておく設備に魔力を流すのも私達魔法師団の仕事ですね」


「ラウラさんは魔法使いなんですか?」


「言葉通り魔法使いではあるけど魔法の使える騎士といったほうが正しいわね。何も魔法専門ってわけじゃないわ。戦場では魔封石なんて便利なものがあるせいで魔法専門だったらあっという間に殺されちゃうわ。まあどうしても剣の腕は騎士団には劣るけれどね」


「戦争もあるんですか?」


「ないわね。最後に戦争があったのも別の国ね。この国ではあっても盗賊討伐くらいじゃないかしら。それでも前に出でる騎士たちが強くて死者は出ていないわね」


 シルビアさんの方を見るとムスッとした顔をしていた。ラウラさんと話しているのが気に入らなかったのか?地下牢でラウラさんと二人きりになったのだからある程度話しやすいのは仕方ない気もするが。


「さあ、ついたぞ。ここが客室だ。部屋の説明はいるか?」


 部屋の説明は是非してほしい。異世界初心者にとっては明かりの消し方もわからない。扉の鍵が物理じゃなかったらもうお手上げだ。


「ああ、まずは照明だが日照石を台座から外せば魔力がなくなって徐々に暗くなっていく。部屋の鍵は扉の真ん中にある閂を横に動かせば閉まるようになってる。まあ見たまんまだな。最も、騎士にとってはこんな扉あってもなくても変わらないがな」


「発想が物騒すぎますよ。これからここに泊まる人間を怖がらせてどうするんですか」


「む……すまない」


 発想が脳筋っぽいのはいかがなものだろう?実際それだけ力があるんだろう。魔王の居城と言われた場所でも気づいたら後ろにいたし、首絞められた時も足浮いちゃったしな。騎士団皆がこんな発想じゃないことを祈る。ほらラウラさん若干引いてるし。


「言い出したはいいが説明するところなんて殆どなかったな。……トイレの説明はいるか?」


「いや、いいです。ちょっと女性に説明させるのは申し訳ない」


 この世界の文明レベルがどれくらいかわからないが流石にちょっとな。わかりやすければいいが最悪明日まで我慢すればいい。


「そうか、では明日また呼びに来る。その時一緒に食事も持ってこよう。ではおやすみ」


「ええ、おやすみなさい」


 さて、トイレはどんなもんかな。なんか至って普通の水洗トイレだな。ウォシュレットがないくらいか。これだけ文明レベルおかしくないか?勇者か魔王が文明レベルの底上げをした?でも三百年前っていったらまだ日本は江戸時代だ。トイレの文明レベルが物凄く進んだのか、近代の人間が三百年前に行ったのか。はたまた時間の進みがイコールじゃないのか。考えたところで答えは出ないな。


「中世ってイメージだったけど、先入観かもしれないな。いかんいかん。あ、でも葉っぱだ」


 ・・・・・・・・・


「はぁ」


「どうしたのシルビア?ため息なんて珍しいわね」


「どうにも彼と遭遇してから空回りしてる気がしてならないのだ。普段なら己を律することが出来ていると思うのだが、どうにもいきなり斬りかかろうとしたり絞め落としてしまったりとどうにも私らしくない気がするのだ」


「恋?」


「そんなわけあるか!」


 酒の入ったジョッキを机に叩きつけ、思わず大声を出してしまう。一瞬ジョッキを壊してしまったかと思ったが杞憂だったようだ。

 店の中はとても騒がしく、私一人が大声を上げたところで周りは気にすることはない。それほどまでにここは騒がしい。店を間違えたか?いや、今はその騒がしさに感謝だな。


「冗談はさておき、うーん、そうねぇ。やっぱり彼の髪の色が大きいんじゃない?いくら昔のこととはいえ、心の何処かで引っかかりがあるとか。それくらいしか私には思いつかないわね。彼と話した感じ悪い人じゃ無さそうじゃない。容姿と魔力量以外は普通の人に見えるわ」


「とっくに整理はついていると思ったんだがな……容姿と魔力量以外に関しては同意見だ。魔力探知をかけたところ、そんな脅威になるような感じもしなかったな。やはり彼の容姿のせいでどこか引っかかっているのだろうか……そういえば、翻訳の魔法の効力はどれくらい続くのだ?当たり前のように話せているから忘れてしまっていたが」


「私もすっかり忘れていたわ、明日またかけ直せばいいんじゃないかしら?はぁー、翻訳の魔具余ってたかしら。無かったらまた作らなきゃいけないわね。正直言って面倒くさいわぁ」


 酒を飲んで若干気分が良くなっているのか、声がこころなしか大きくなっている。彼には申し訳ないが面倒くさいのには同感だ。明日以降も彼と関わるようなら鍛錬の時間が減ってしまう。ラウラは通常の仕事もあるだろう。そこに魔具制作も加わるようならかなりの手間になってしまうのかもしれない。私は魔法に関してはからっきしだが、仕事のできる彼女が面倒くさいと言うとは、それなりの手間なのだろう。


「はぁ」

「はぁ」


二人のため息は喧騒に飲まれ、夜が更けていく。

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