魔王城からこんにちわ
「ここはいったいどこだ」
霞んだ瞳に映ったのは見覚えのない景色で、黒くくすんだ赤い絨毯がまっすぐと暗闇に伸びてる。座っている椅子に目をやると、派手な装飾の施された椅子で、周りに目をやれば数段の壇上にひとつ寂しく置かれた椅子だ。
椅子から立ち上がり段を降り部屋を見回していく。部屋は朽ち、長い事手入れされた様子はなく瓦礫が散乱し、崩落した天井からは陽が差し込んでいた。瓦礫を避け、歩みを闇の方へと進め、廊下に顔を出せば崩れた場所から陽が差し込み、建物の巨大さをうかがい知ることができた。
「ここが噂の異世界ってやつか。しかし妙に広いなこの建物。目が覚めた椅子もなんか偉そうな人が座る椅子っぽかったし、ここは城の中か?」
幾つか部屋を回ってみたが、扉部分が崩れてしまっていたり、なにもない部屋ばかりだった。突き当りまで歩き、扉を開けるとそこは書斎のような場所だったが、本は置かれてなく棚は朽ち果てていていた。
「——、—————————?」
「は、はろー」
振り返ると鎧に身を包まれた騎士のような人物たちに囲まれ剣を向けられている。両手を挙げ無抵抗の姿勢を見せるが、、表情は兜に覆われており伺うことはできず騎士たちは剣を下げること無くこちらへの警戒を緩めない。
だめかなー。言葉も通じないし、警戒も解いてもくれない。
そんなことを考えていると廊下から腰ほどまである金髪の女騎士が部屋に入ってきた。女騎士は兜をつけておらず彼を見るやいなや睨みつけ目にも止まらぬ速さで彼の後ろに回り込み、首を絞めてきた。女騎士の腕力は凄まじく、足が地面から浮き全体重が首にかかった。
「うっ……くっ……」
自分の置かれた状況を一切飲み込めないまま意識は落ちていった。
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「……い、おい。起きろ」
そう声をかけながら剣の鞘で頭をバシバシ叩く女騎士。目を開けると女騎士の他に、黒いローブに肩くらいまでの青い髪の女が立っていた。
「……もうちょっと優しく起こしてくれません?」
手には石で作られた錠がされており、足は壁から伸びる鎖に繋がれ床に転がされるような形で寝かされていた。
「おお、会話ができるぞ。どうやら翻訳の魔法はちゃんと機能しているようだな」
「信用してなかったの?ちゃんと実績のある魔法なんだから当たり前でしょ」
「いやなに、実際使っているのを目にするのは初めてだったからな。許してくれ」
「そっちの言葉は理解できるようになったがこっちの言葉もちゃんと伝わっているのか?」
「まあ無理もないわね。いきなり会話ができるようになったらそういった疑問も浮かんで当然だわ。大丈夫よ。貴方の言葉もこっちに伝わっているわ。安心していいわよ」
そんな会話をよそに壁と両手を使い身を起こす。手にはめられた錠は重く腕の下に脚を入れ、脚と両腕を使ってようやく持ち上がる重さだった。
「逃走防止の魔封石で出来た錠だ。当然魔法は使えない。さあ、質問に答えてもらおう」
「えと、目が覚めたら知らない椅子に座ってて歩き回っていたら、囲まれてものすごい速さで回り込まれって首を絞められたって感じです。正直自分がなんであそこにいたかはわからないです」
「貴方、いきなりそんなことしたわけ!?もうちょっと穏便に……ああ、言葉が通じなかったものね。仕方ないわ」
ちょっと仕方ないってなんですか。鎧のまま首絞められたせいで首痛いんですけど。
「貴様がいた場所は魔王の居城だ。我々騎士団は城に野盗が住み着いてないか確認で城を見回っていた。で、今いるのがレイシア王国、大陸西側の国だ」
「あー、俺はこの世界の人間じゃないです。別の世界からやってきたんだと思います。さっきも言ったけど、寝て起きたらあそこにいました。こっちの世界じゃ魔法なんて便利なものはないです。まあその代わり科学っていうのが発展しててそれなりに便利ではあります。こんな感じでいいですか」
「異界人か。てことは300年前の魔王と勇者の同郷とされているな……まあ彼らと同郷ならそのバカみたいな魔力も頷ける。言葉が通じなかったのも納得だ。しかし魔法がないということは魔法の使い方を知らないのか?そうなると魔封石も何ら意味をなさないな。ふむ……」
女騎士がローブの女に一瞬顔を向けなにか確認したようだが……何を確認した?嘘を見抜く魔法でもあるのか?
「嘘はついてないようだな。手錠だけは外してやる。だが妙な真似をすれば四肢がなくなると思え。私は上に判断を仰ぎに行ってくる」
そういって手錠を外し軽々と片手で持ち上げ部屋から出ていった。
「この世界の人って皆あれくらい力持ちなんですか?」
「やぁねぇ、あんな重たいもの片手で持ち運べるわけ無いでしょ。まあここの騎士団ならあれくらい普通なのかもしれないけど。けど魔法が使えないって本当?一応嘘破りの魔法は使ってるけどちょっと信じられないわ」
やっぱあるのねそんな便利魔法。翻訳の魔法に嘘破り。とことん魔法ってのは便利だな。こっちの世界でもそんな魔法あれば人間不信とかなくなるのかな。
「ええ。実際そんな便利なの魔法が使えるならぜひとも覚えたいですね」
「まあそんな簡単に覚えられるなら誰も苦労しないわ。ところで貴方名前はなんていうのかしら。私はラウラっていうの」
「田中です」
「嘘。試したわね」
嘘破りの魔法は本当か。しかしそんな瞬間的にわかるなら嘘はつけないな。
「はは、すみません。波多江です。ラウラさんはこんなのと話っていても構わないんですか?」
「ハタエさんね。ええ、もう日もくれてるしあとは夕飯食べるだけだわ」
夕飯か。てことは城から連れて行かれてもう半日経ってるのか。気絶させられただけで半日も起きないものか?眠りに関する魔法でもかけられたのか?
「ちなみに食べ物ってもらえたりしますか?全然食べて無くておなかすいちゃって」
「黒パンなら出せるわよ。ちょっと待ってて」
そう言ってラウラさんは部屋から出ていった。
しかし異世界か。改めて考えてみても実感が湧かないな。なんで異世界に来たんだろう、魔王城となにか関係があるのか?でも300年前って言ってたしな……江戸時代とか産業革命の時代か?魔力自体は人間が持っていてそれがこっちの世界では使われてないだけで皆同じ位魔力を持っているのか?
「火よ!……炎よ!……出ない……」
顔を上げるとこちらを可哀想な目で見ているラウラさんと目があった。
「そんなこと唱えなくても魔法は使えるわよ?」
嫌だ、恥ずかしい……
ラウラさんは持って来てくれた黒パンとスープをこちらに差し出した。
「いただきます」
「いただきます?変わってるわね。食前の祈りみたいなものかしら」
「そうですね。作ってくれた人への感謝と命への感謝のような意味合いですね」
そう言って黒パンを齧る。硬い……スープに黒パンを付けてふやかして食べる。
「ハタエさんのいた世界では黒パンは無かったの?いきなり齧るからびっくりしたんだけれど」
「日常的に食べるのは白いパンでしたね。こんな硬いパンだとは思いませんでした」
「高級パンね。いきなり黒パンに齧りつくから驚いちゃった。そんな日常的に食べられるなんてよっぽど豊かなのね。こちらではパンと言えば黒パンね。あと合わせてそのスープ。あ、そうだ。さっき何やら唱えてたみたいだけど。ほら、こんなふうに別に何も唱えなくても魔法は使えるわよ。ちょっと集中力が必要になるけど」
別になんでもないような感じでラウラさんの目の前には火が浮かんでいる。
「なんのことはないふうにやってくれますけど、そういった感覚がわからない身としては新鮮であり難しく感じますね。それにしても随分と優しくしてくれますね。自分で言うのもなんですけど、かなり怪しい人間だと思うんですけど」
「まあ、そうね。嘘破りに反応は無かったからっていうのと、この世界の人間じゃありませんなんて突拍子無い話とっさに出てくるとは思えないからかしらねぇ。あとはその髪の色ね。こっちじゃ黒髪なんてかなり珍しいわね。魔王や勇者の子孫って言ったほうがよっぽど現実的かしら」
「二人共黒髪だったんですか?」
「ええ、口伝ではそう言われてるわね。まあ300年も前の話だから当時を見た人間なんて生きていないから、あくまでもそうだったらしいって話だけれど」
そりゃそうか三百年前なんて何世代前かわかりゃしない。今の話からするにエルフがいたとしても長生きして二百二、三十くらいまで生きていれば長生きなのかもしれない。
「こっちの世界では亜人はいなかったんですけど、どういう種類の亜人がいるんですか?」
「亜人がいないなら差別とも縁の無さそうな世界ね。亜人は、獣系と非獣系で別れているわね。獣系はたくさん種類がいるわ。狼、獅子、猫、狐等々たくさん。非獣系は長命のエルフ、技術のドワーフあとは珍しい種族が少し。今は集落なんてやめてほとんど国に集まってるわ。エルフの国にでも行けば魔王と勇者について多少詳しく聞けるんじゃないかしら」
「まあ亜人がいなくても人間は自分と違うものを排除したがるんで差別はありますね。亜人がいない代わりに人口も80億と多くて、多種多様な見た目の人間がいてそれを差別したり色々な差別がありますよ。表向きはないって感じですけど」
差別に関してはこっちの世界のほうが多分よっぽど酷いですよ……
「魔境ね、聞いてるだけだと私にはこの世界があってるわ。そんな魔境にいたらきっと疲れちゃうわ」
「はは、お察しのとおりです」
会話が終わる頃には出してもらった黒パンとスープを食べ終えていた。
「じゃあちょっと食器片付けてくるわね」
そう言ってまた部屋から出ていくラウラさんを見送った。




