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第9話 トラブル!

 三日目の朝。

 二日目の旅路は平穏そのもので、特に大きな出来事もなかった。

 だが、王都の気配が徐々に濃くなってきたことだけは、誰の心にも伝わっていた。

 そして、いよいよ──その姿が、視界に現れた。 


 旅路の三日目、早朝。

 王都エルミードへと続く街道の先、ようやくその全貌が見えてきた。

 

(……あれが、王都……)


 遠くにそびえる城壁は、まるで大地の境界線のように広がっていた。

 その高さは20メートル以上、門塔は城のように堅牢で、青白い石材が朝日に淡く輝いている。


 街の喧騒こそ聞こえないが、人の営みの気配はすでに肌に感じる。


「すっごいでしょ?」


 隣で声をかけてきたのは、隊商の荷運びの青年。何度もこの道を通っているのか、すっかり慣れた様子だった。


「王都の壁は、昔、魔王軍の侵攻を止めた“聖壁”なんだってさ。今でも年に一度、感謝祭があるんだ」

「へぇ……」


 言葉は少ないが、心の中では静かに高鳴るものがあった。


 (ここで、ようやく──俺の物語が本格的に動き出す)


 だが――その高揚は、すぐに冷や水を浴びせられることになる。


 ◇◇◇


 王都の門へ近づいたとき、門前に長蛇の列ができていた。

 旅人、商人、馬車、荷車、冒険者風の集団……様々な人々が、衛兵たちによってひとりずつ確認を受けていた。


「身分証の提示を!」

「荷の中身を確認させてもらいます」

「王都に入る理由は?」


 ひとり、またひとりと検問を通されていく中、隊商の番になったときだった。


「……あれ? この証明印章、少し古いですね。更新されていますか?」


 衛兵の言葉に、隊商のリーダー格の獣人が眉をひそめた。


「いや……今年に入ってからは、一度も指摘されてないはずだが」


 門番は少し眉をしかめ、念のため奥の検査官を呼びに行った。

 やがて戻ってきた年配の検査官は、帳簿を確認したあと、静かに言い放った。


「申し訳ない。古い印章での通行は今月から無効となっています。更新されていない場合は、一度ギルドか商工組合で書類を取り直していただく必要があります」

「そ、そんな……! でも、今朝まで何も言われなかったんだぞ!?」

「今朝から“改訂通達”が下りました。こちらとしても苦しいところですが、規則です」


 隊商の空気が一気にざわついた。

 隊長も、後ろで荷物を担いでいた青年も、あきらかに困惑している。


 (まさか、ここで入れないなんて……)


 そのとき、俺はふと思い出した。

 タコスキルの《環境記憶》。ロウダールの掲示板で見かけた“行政通達の張り紙”。


 (……確か、通行証の改訂について触れていた気がする)


 すぐさま記憶をたどり、その内容を口にした。


「えっと、確か『旧年の通行証は《ギルド登録証》との併用で暫定的に使用可能』って記載があったはずです。日付も今日付けで――」

「……なに?」


 検査官がこちらを向いた。


「私、通達見ました。ロウダール西門の掲示所です。更新猶予期間が一週間あるって、明記されてましたよ」

「……確認させてもらおう」


 近くの副官が、書類を抱えて走っていった。

 少しの沈黙のあと――副官が戻り、小声で何かを伝える。


「……確かに、通達にはそのように記されていたようだ」


 検査官は咳払いを一つしてから言った。


「今回に限り、特例として通行を許可する。ただし今後は、正式な更新を怠らぬように」

「……ああ、感謝する」


 獣人の隊長がほっと肩を落とし、俺にちらりと目を向けてきた。


 「……助かった。恩に着る」


 俺は小さく頷いた。


「ああ、それと――お前さん、まだ身分証明を持ってないな?」


門番の一人が、俺にそう言いながら小さな紙札を差し出してきた。


「これが《仮通行証》だ。未登録の旅人用に発行してるものでな。これがあれば、王都内の宿泊や買い物には困らない。だが……期限は三日間だけだ。できるだけ早めにギルドか市民課で正式登録しておけよ」

「……ありがとう。助かる」


手渡された紙札には、俺の名前と入国日が記されていた。簡素ではあるが、王都の紋章と衛兵の署名が刻まれている。


(なるほど、こうやって旅人の出入りを管理してるのか……)



 ◇◇◇


 検問を越えた先に広がる、王都エルミード

 石畳は広く整えられ、建物は何層にも重なりあい、高く、高く空へと伸びていた。

 道の脇には魔導ランプが等間隔に立ち、透明な水が流れる人工水路、街角では吟遊詩人が笛を奏で、屋台からは焼き菓子の甘い匂いが漂ってくる。

 そのすべてが、異世界の“都市文明”を圧倒的に感じさせる光景だった。


「これが……王都……」


 思わず、ため息のような声が漏れる。

 けれど、その煌びやかな街の奥に、ふと目をやると――

 小さな路地の影に、身を寄せるようにして眠る子どもたちの姿があった。

 汚れた毛布、くたびれた靴。

 ――“光”が強いほど、“影”もまた濃くなる。


(……この街にも、いろんな事情があるってことだ)


 ラメールの声が、ふと響く。


『ようこそ、王都エルミードへ。ここからが……本当の旅の始まりだよ、カイト』


 俺はゆっくりと前を向く。

 街の中心、荘厳な大理石の建物がそびえている。

 ──冒険者ギルド・本部。

 ここで、ようやく俺の《冒険者としての一歩》が始まる。

(……行こう)

 街の喧騒の中、俺は静かに歩き出した。



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