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第7話 王都へ行こう

 町の門をくぐり抜けた俺は、夕暮れの通りを歩いていた。石畳を踏むたびに、旅の疲れがじわじわと足に響いてくる。


 (まずは……飯、だな)


 腹の虫が鳴いた。これまで気が張っていたせいか、空腹に気づく余裕もなかった。

 見渡すと、通りの角に木造の建物。小さな看板に《くろひげ亭》と書かれている。外まで香ばしい匂いが漂ってきて、思わず足が向かっていた。

 

 中に入ると、温かな光と人々の笑い声。

 長旅の疲れを癒すような、どこか懐かしい空気に包まれていた。

 空いた席に腰を下ろすと、猫耳ぽっちゃりした女将が水を運んできた。


 獣人ってやつか、あたりを見渡すと数名が獣の耳と尻尾をはやしていた。異世界に来たことを改めて実感した。


「いらっしゃい。旅人さんかい?」

「ああ、通りすがりだ」

「そりゃちょうどいい。今日はグレートボアのシチューがあるよ。パン付きで銀貨2枚」

「それで頼む」


 差し出した銀貨を受け取り、女将はにっこりと笑って奥へ引っ込んでいく。

 

 やがて運ばれてきたシチューは、湯気の立つ素朴な一皿だったが、腹に染みる温かさがあった。パンをちぎりながら口に運ぶたびに、胃がじわじわと満たされていく。


(……生きてる実感って、こういうときに感じるもんなんだな)

 

 そんなことを思っていると、向かいの席に座っていた若い男が話しかけてきた。


「初めて見る顔だな、兄ちゃん。旅人か?」

「ああ、そんなところだ」

「へえ、じゃあ冒険者登録はもう済ませたのか?」

 冒険者、か。

 異世界モノのお約束みたいな存在だが、ここでも現実にあるんだな、と内心で思う。


「いや、まだだ。これから考えるところだ」

「だったら、今日中に済ませた方がいいぞ。冒険者登録ってのは、旅人にとって保証みたいなもんだからな。宿泊や物資の購入にも信用が利く」

「そうなのか……」

「この町の南通りにギルド支部がある。行ってみなよ、損はないぜ」

 

 男の勧めもあり、シチューを食べ終えると俺は南通りに向かった。

 

 すぐに見つかったギルド支部は、煉瓦造りの小さな建物だった。扉を開けると、中は意外にも活気に満ちていた。

 冒険者風の男女が地図を覗き込んでいたり、受付に長い列ができていたり。

 雑然としながらも、どこかプロフェッショナルな空気が漂っている。

 受付に並び、自分の番が来るのを待った。

 

「冒険者登録をご希望ですか?」


 若い女性職員が丁寧に微笑む。制服の胸元には小さな紋章が刺繍されていた。


「はい、お願いします」

「承知しました。ただ……ひとつ、確認をさせていただきます」


 女性職員は、少しだけ申し訳なさそうに言葉を続けた。


「この町のギルドは“補助支部”ですので、登録自体は可能ですが、スキル鑑定やランク申請は王都でしか行えませんよ。せっかくですし、王都まで行かれるご予定があるなら、そちらでの本登録をおすすめします」


 歩いてみて思ったのは、町というより宿場町みたいな感じだったから支部だろうとは思っていたけども、もう一ランク下の補助支部なのか。


「……ああ、そういう仕組みなんですね」

「ええ。この支部でも仮登録は可能ですが、ランクの昇格申請やスキル査定はすべて“再登録扱い”になります。ご注意を」

 

 俺は少し考えた。

 確かに、タコスキルの内容はかなり特殊だ。

 そして、俺のやり方は「絡め手」寄り――となると、評価制度が整っている場所で正確に判定してもらったほうがいい。


(なら、ここじゃなくて……)

「すみません、やっぱり王都での登録にします」

「かしこまりました。よい旅を」

 

 受付を後にすると、ひんやりした夜風が肌を撫でた。

 通りの角には小さな屋台が出ていて、焼き魚の匂いが漂っている。少しだけ立ち止まり、空を見上げた。

 濃紺の夜空に、星がひとつ、またひとつと瞬いている。


『ふふっ、正解だったと思うよ?』


 ラメールの声がふいに聞こえた。頭の中に、優しく響く。


『王都のギルドは、各種機関ともつながってるし……カイトのこと、ちゃんと見てもらえると思うよ』

「……だといいけどな」


 夜空に向かって、つぶやいた。

 

 ギルド登録は見送った。けれど――

 俺は、目指す場所をはっきりと定めた。

 次の目的地は、《王都エルミード》。

 そこに、何かがある。何かが“始まる”気がしてならなかった。


(さて……明日は旅準備を整えて、王都へ向かうか)


通りを歩きながら辺りを見回す。宿の看板を探しつつ、目に入ったのは、木造二階建ての小さな建物。

 《旅籠・月灯り亭》――と、手書きの看板が掲げられている。

 ほどよく年季の入った建物だったが、窓枠は丁寧に磨かれており、花瓶に生けられた野の花がさりげなく置かれていた。そういう心配りがある宿は、たいていハズレじゃない。

 扉を開けると、カラン、と鈴の音が鳴った。

「いらっしゃい。おひとりさん?」

 カウンターにいたのは、五十代くらいのふくよかな女性。柔らかい笑顔が印象的で、どこか安心感がある。


「ああ、一泊頼みたい」

「空いてるわよ。食事付きで銀貨二枚、寝床だけなら一枚半。どうする?」

「じゃあ、食事付きで」

「ありがと。今日はあったかいシチューに、ハーブパンと干し果物の盛り合わせよ。きっと疲れも取れるわ」


 女将は手早く帳簿をつけながら、鍵と部屋番号を渡してくれた。


「お風呂もあるから、よかったら使ってね。王都まで行くつもりなら、明日は早立ちがいいわ。夜明けとともに出る隊商もいるから、ついていくと安全よ」

「助かる、ありがとう」


 案内された部屋は簡素だったが清潔で、窓からは町の屋根越しに落ちる夕陽が見えた。

 あったかい湯に浸かり、疲れた体をほぐし、出された食事をゆっくり味わいながら――この数日の出来事を、静かに思い返していた。

 誰かを救い、命を懸けて戦い、そして今、こうして一人で異世界の宿にいる。

 不思議な感覚だった。けれど、どこか居心地が悪くないのは、きっと“自分の意志で動いた”からだろう。

 その夜、俺は久しぶりに夢も見ずに眠った。



◇◇◇

 翌朝。

 簡単な身支度を整えたい俺は、町を出る前に、ロウダールの道具屋に立ち寄った。

 木製の引き戸を開けると、革のにおいと乾いた布の香りが混じった空気が、鼻をくすぐる。奥からは、ずしんと重そうな足音と共に、ごつい熊の獣人が姿を現した。


「いらっしゃいモフ〜。おっ、旅人さんモフね?」

「ああ、今日中に出発する予定でね。旅支度をしようかと思って」

「ふもふも、それなら任せてモフ! 旅人セット、ちゃんと補充してあるモフよ」


 店主は手際よく、保存食や水袋、火打石、雨避けの獣皮マント、簡易鍋などを並べてくれた。品質も悪くない。


「助かる。どれも必要そうだな」

「ふっふっふ。ここは王都エルミードへの街道沿いの宿場町モフからな、こういう品は切らしちゃ商売にならんモフ〜」


 そう言って、毛深いふさふさの手で水袋を調整してくれる熊の店主。

 その流れで、ふと声のトーンが落ちた。


「そうそう……あんまり変なこと言うと物騒だけど、最近この辺、盗賊が出るって話があるモフ。西の森のほう、あんまり近づかない方がいいって、隊商の人たちがよく言ってたモフ」

「西の森、か……」

 まさに昨日、俺が潜入していた洞窟のことか?


「人攫いの被害も出たって話モフ。女の人を狙ってたって噂もあるから、正直……通るだけでも気をつけた方がいいモフよ?」

「……気をつけるよ」


 まさか、その件がもう“終わってる”とは夢にも思っていないらしい。俺も無理に訂正はしなかった。


「そうだ、旅路に使える簡易地図もあるモフよ。街道と途中の泉の場所、あと、ちょっとした休憩所の印もあるモフ」

「助かる。これがあると安心できそうだ」

「王都までは三日ってとこモフけど、途中で野営になるモフからな。虫除けの香草と、乾燥肉は多めに持ってくモフよ〜」


 荷物を受け取りながら、俺は自然と笑みをこぼしていた。

 この店主、商売人ではあるが、旅人思いの親切な熊だった。


「ありがとう。おかげで準備が整ったよ」

「良い旅をモフ〜。無事に王都へ着けますように」


 手を振って送り出す店主に軽く会釈し、俺は再び朝の通りへと足を踏み出した。

 道は一本、王都エルミードへ続いている。



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