表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/35

第6話 赦し

 洞窟内での戦いが終わり、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。足元には、悪魔族が残した灰が、風もないのにふわりと舞っている。


 人ならざるものと対峙し、命を賭けて刃を振るった。その緊張が解けるにつれ、ようやく自分の鼓動が速くなっていたことに気づく。


 ……正直、怖かった。


 だがそれ以上に、はっきりとわかったことがある。


 俺はこの世界で、誰かを“守る力”を手に入れたのだと。


 深く息を吐き、ナイフを腰に収めた。


 ――外へ出よう。


 洞窟を抜けると、入り口付近で座っていた女性たちがこちらに気づき、ぱっと顔を上げた。


「ありがとう、本当に……助けてくれて」


 そのうちの一人が、そっと近づいてきて、深々と頭を下げる。声は震えていたが、確かな感謝が込められていた。


「お礼はいい。無事なら、それでいいさ」


 そう返すと、もう一人の女性が不思議そうな顔で問いかけてきた。


「ねえ、あなた……盗賊たちが貯めこんだもの、持っていかないの?」


「え?」


 思わず間の抜けた声が出た。すると彼女は、当然のことのように言葉を重ねる。


「盗賊を討伐した人は、その盗品を受け取る権利があるの。そういう決まりなのよ」

「そうよ。だから、盗賊の隠し財産をあなたが回収しても、誰も文句なんて言わないわ」

「……そうなんだ」


 この世界はそんなルールなのか。けど、それなら――


「ちょっと、戻って見てくる。君たちはここで休んでて」


「ええ、気をつけて。無理はしないでね」


 二人は素直に頷き、岩に背を預けて静かに座り込んだ。


 女性たちを安全な場所に待機させ、俺は一度、あの“ナイフを拾った倉庫”へ戻ってきた。


 扉を静かに開けると、中には雑多に積まれた木箱や布袋が乱雑に置かれていた。空気には微かに埃の匂いと、金属の錆のようなにおいが混じっている。


 棚には、古びた槍や、深紅の生地に金の刺繍で家紋のようなものが入ったマント、革で作られた丁寧な鞄――どれも明らかに盗品とは思えない“質”のものばかりが並んでいた。


 (これ……たぶん、元の持ち主は返してほしいって、きっと思ってるよな)


 手に取ったマントの布地は柔らかく、色褪せているが大切に使われていたことが伝わってくる。単なる金目の物というより、“思いの詰まった品”――そんな印象を受けた。


 そして足元には、こぼれ落ちた貨幣の山。


 金貨、大金貨、大銀貨、銀貨、そして――白銀貨。


 (……なんとなくだけど、この白銀ってやつが一番価値ありそうだな)


 手のひらで一枚の白銀貨を弾いてみると、澄んだ音が響いた。だが、倉庫の中を見渡すと、問題は明白だった。


 ――とにかく、物が多すぎる。


 革袋に詰めても到底持ちきれないし、両手に抱えて運ぶには重すぎる。第一、持ち運べる量には限界がある。


「……うーん、これは困ったな」


 頭をかかえて悩んでいたそのとき。


 『カイト、詰んだ顔してる〜?』


 いつもの調子で、ラメールの声が頭の中に響いた。


「……まあな。物が多すぎて、どうにもならない」


 俺が正直に答えると、彼女は明るい声でこう言った。


 『だったら、ぜ〜んぶ“水に入れて”くれたらいいよ! 私が預かっておくからっ♪』


「……水に?」


 思わず聞き返す。ラメールは続けるように説明を加えた。


 『うん! この世界の“水”って、わたしとつながってるの。だから、カイトが水に沈めた物は、私の《海の倉庫》に一時的に保管できるんだよ〜♪』


 まるでアイテムボックスのような能力――いや、水を媒介にした女神ラメールの力か。


「それ、どれくらい入るんだ?」


 半信半疑で尋ねると、ラメールは誇らしげに答えた。


『ん〜……たぶん、無限? ひとまず気にせず、どんどん入れてみてっ!』

「無限ね……ゲームでよくあるやつだ」

『うふふ、ちょっと違うけど、カイト専用の《ラメール特製・預かり海域》ってことで♪』



 俺は倉庫の隅にあった大きな水瓶へと歩み寄り、試しに袋ごと宝飾品を沈めてみた。


 ――チャポン。


 水面が一瞬、青く光り、袋ごとスッと消えた。


「……おお、本当に消えた」

『ふふっ、大丈夫だよ? “返して”って言えば、ちゃんと取り出せるからね!』


 なんだそれ……便利すぎる。今後の旅でも、相当役立ちそうだ。


(ラメール……やっぱすごいな)



 俺は思わず、にやりと笑いながら、次々と宝飾品や、装備品を水瓶へと沈めていった。


 一部水瓶の口に入らないものがあったが、それはあきらめた。



◇◇◇



 倉庫の整理を終えて洞窟を出ようとしたそのとき――足音が近づいてきた。



「……あんた、仲間じゃねぇな」



 岩陰から姿を現したのは、あの焚き火の前で話していた男のひとりだった。手には、農具を改造した粗末な槍。構えてはいるものの、どこか迷いが見える。


「……戻ったのか」

「ああ。リーダー……あいつの気配が消えた。まさかと思ったが……」


 俺は構えずにその場に立った。彼も攻撃の気配を見せていない。


「……俺らを殺しに来たのか?」

「それが目的なら、とっくに終わってる」


 少し前に、こいつらが焚き火の前で交わしていた会話を聞いていた。事情があることは、なんとなく察していた。


 その一言に、男の手がわずかに震えたが、槍はまだ下ろさない。


「……俺たちは、ただ……腹が減ってただけなんだよ。村には作物も家畜も残ってなくて、仕事もない。女房も子どもも……生きる手段がなくて……」


 その声には、虚勢も誤魔化しもなかった。  スキル《触手感覚》が、声の震えや呼吸の揺らぎから“嘘ではない”と教えてくれる。


「……それで人を売るのが“正しい”って思ったのか?」


 その問いに、男は何も言い返さなかった。ただ、唇を噛み、目を逸らす。


「……違うよな。わかってた。ダメなことくらい、わかってた。でも、俺がやらなくても、誰かがやってただろうって……そう言い訳して、目をそらしてたんだ」


 男の手から、槍がガランと落ちた。


「……止めてくれて、ありがとう。俺たちは……あんたに救われたんだ」


 静かに、膝をつき、深く頭を下げる。


「……頭を下げる相手は俺じゃない。」


 そう口にしかけたそのとき――


 洞窟の入口のほうから、ふたつの淡い光がふわりと浮かび上がる。  光をまとったような雰囲気で、あの救出した女性たちが歩いてきた。


「無事だったんだな」

「ええ。しばらく陰に隠れてたわ。音が静かだったから……きたの」


 状況を察したのか、彼女たちは静かに盗賊たちへと視線を向ける。


「で、どうする?」


 俺は被害者である二人に問いかけた。


 女性の一人がぽつりと呟く。その声は怒りに満ちていたはずだったのに、どこか、迷いを含んでいた。


「……その村のこと、少し聞かせてくれない?」


 もう一人の女性が、やわらかな声で問いかける。


「私たちの村もね、数年前の飢饉で同じような状況になった。盗みに手を出した者もいたし、自分の子を売った人もいた」


 その言葉に、盗賊たちは顔を上げることもできなかった。


「だからって、許す理由にはならない。でも……だからこそ、今回だけは、命までは取らないでおく。もう一度だけ、自分たちで立ち直ってみなよ」


 しばしの沈黙のあと、男たちは静かに頭を垂れた。


「……感謝する。絶対に、二度とこんな真似はしない」


 その背中は、憔悴と後悔の色に染まっていた。


 俺は、懐から布袋を取り出す。  盗賊から回収した金銭類のうち、一袋は彼女たちに渡すつもりでいたものだった。


「これは君たちの分。これで必要なものを買って、村に戻るなり、町で新しい生活を始めてくれ」


 彼女たちは驚いたように俺を見つめ、そして深く、何度も頭を下げた。


 そして、もう一袋。中から何枚かの金貨と銀貨を取り出してポケットに収め、残りをそのまま、村人たちの前に置いた。


「返すつもりはない。だが、これは“罰”じゃない。“未来”のために使ってほしい」


 村人たちはその言葉に何も言えず、ただ黙ってうなずいた。


◇◇◇


 夕暮れの森の中、俺たちは町へ向かって歩き出した。落ち葉を踏む音と、風の音だけが静かに響いている。


「……あの村の人たち、本当に変わると思う?」


 後ろから、女性のひとりが問いかけてきた。


「さあ。でも、信じてる。可能性ってやつに」

「……うん。ありがとう、本当に」


 やがて、木々の先に町の門が見えてきた。


 夕暮れの光に照らされて、町の石造りの壁が黄金色に染まっている。門前には数人の衛兵が立っており、こちらに気づくと足早に近づいてきた。


「そちらの二人、無事か?」


 ボロボロになっている女性を見つけ、若い衛兵が俺を見て問いかける。警戒心と同時に、どこか安堵の色も見える。


「盗賊に囚われていた村の女性だ。救出してここまで連れてきた」


「そうか……ありがとう、協力に感謝する。あとは我々が引き取って、しかるべき手続きを取る」


 そう言うと、衛兵たちはやさしく彼女たちに声をかけ、支えるようにして連れて行こうとした。


 衛兵たちが歩き出す直前、彼女たちはふと足を止め、こちらへと振り返った。


「……あなたがいてくれなかったら、私たちはもう――」

「言葉にできないくらい……感謝してます」


 深く、何度も頭を下げる姿を、俺はまっすぐ見つめた。


「あぁ」


静かにそう告げると、二人は涙を浮かべながら微笑み、衛兵に支えられて町の中へと歩き出した。


 その背中を、俺はしばらく見送っていた。


 俺も町の中に入りポケットに入れた貨幣を出した。


 残った数枚の金貨と銀貨。


 価値なんて正確にはわからないが、たぶん――数日くらいは、どうにかなるだろう。


(さて……宿でも探すか)


 そうつぶやいて、俺は衛兵に通行料を払い夕暮れの町の方へと、ひとり足を踏み出した。


「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、


『☆☆☆☆☆』より評価.ブックマークをよろしくお願いします。


作者の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ