第5話 VS悪魔
ズズ……ズルリ……
(来たか)
湿った空気を切り裂いて、闇の底から“それ”が這い出してきた。
灯りの届かぬ洞窟の奥、揺れる松明の光がようやくその姿を浮かび上がらせる。
それは、確かに“人の形”をしていた。
だが、目の奥に宿るべき光はなく、ただ“深淵”のような黒が広がっている。
口は裂けているのに、そこにあるはずの歯も舌もない。ただ真っ黒な闇が、空洞のようにぽっかりと空いていた。
その姿は、まるで人の殻をかぶった“異物”だった。
「……なんだ、あれは」
自然と漏れた言葉に、脳内にラメールの声が静かに響く。
『あれは“悪魔族”。この世界に存在してはいけない“異端”だよ』
その口調はいつもの明るさを潜め、真剣な色を帯びていた。
(こいつが、盗賊団を裏から操っていたリーダー……)
人ではない。ならば、遠慮も不要だ。
――殺す。
俺は静かにナイフを構えた。
「カモフラージュ、軟体化、吸盤構造」
スキルを同時展開。
身体の輪郭がぼやけ、皮膚が岩肌に馴染んでいく。
体がしなるように柔らかくなり、掌と足裏に微かな吸着感が走る。
壁を走るように移動し、奴の背後を取る。
“気配”を完全に消し、音すら立てない。
「……見つけたぞ……外の空気の匂い……お前だな?」
ぴたり、と動きが止まる。
奴は俺の方を振り返った。まるで、俺の存在を“嗅覚”で探知したような動き。
カモフラージュすら通じない――そんな異質な能力を感じさせた。
(視覚じゃない。感覚が……違うのか)
それでも怯むわけにはいかない。
俺は唾液腺に魔素を集中させ、《腐蝕毒》を生成。
ナイフの刃にそっと塗り込む。
(いくぞ――!)
軟体化で重心を低くし、一気に距離を詰めた。
視認と同時に一閃。狙うは奴の右腕――
「ハッ!」
シュッ――!
しかし、刃は届かない。
腕が骨のように“折れて”、明らかに人間ではあり得ない軌道で避けられた。
「無駄だ……肉の刃など、俺には届かん」
「……試さなきゃ分からないだろ」
くっ――一撃目は不発か。
だが、体が勝手に動いている感覚があった。迷いはなかった。
(……そういえば、昔からずっと格闘技ばっかりやってたな)
(小中の剣道で“間合い”を、高校の柔道で“崩し”を、大学の合気道で“流し”を――)
(あの頃はただ夢中で打ち込んでただけだったけど……まさか、異世界で活きるとはな)
すぐに反転。姿勢を低く保ったまま、地を這うように側面へ移動。
ナイフを握り直し、気配を殺して――一気に踏み込む。
だが、奴も応じるように動いた。
地を這うような低い姿勢で、こちらの動きに合わせて回り込んでくる。
(この動き……ただの化け物じゃない。戦闘経験がある?)
刃と拳が交錯しそうな距離で、俺はわずかにバックステップ。
その直後、奴の手が鋭く地面を薙ぐ。
その手には爪も刃もないはずなのに、岩を裂くような鋭い音が鳴った。
(ヤバい……あの一撃、喰らったら即アウトだ)
空気が震えている。
奴の周囲にだけ、空間が歪んでいるような違和感。
そのまま奴が動く。
「――アアアアァアアッ!!」
咆哮とともに、腕を振り抜いてきた。
避けきれず、俺は左肩をかすめる形で喰らう。
「ぐっ……!」
地面を転がるように着地。視界がぐらついた。
(痛みはある……でも、致命傷じゃない。まだ動ける)
ナイフを構え直し、息を整える。
相手は強い。だが、負けられない。
軟体化を再展開。肩の筋肉がしなり、痛みが引いていく。
魔素を再度込め、腐蝕毒を強化。
(次で、決める――!)
吸着スキルで壁を駆け上がり、奴の頭上から滑空。
カモフラージュ状態のまま、真上から脇腹を狙ってナイフを突き立てた。
ザシュッ!
「グ、アアァァァッ!!」
奴が咆哮をあげた瞬間、毒が全身に巡っていく。
皮膚が裂け、ひび割れ、内側から闇のような“黒い霧”が噴き出した。
それでもなお、奴は反撃しようと腕を振り上げた。
――だが、俺はすでに背後に移動していた。
「終わりだ」
最後の一撃――心臓部に渾身の力でナイフを突き立てる。
グサッ!
闇の体に、確かな“抵抗”を感じたあと、それは崩れ落ちるように膝をついた。
次の瞬間――
シュウウウウ……
奴の身体が、音もなく“灰”へと変わっていく。
塵となり、空気の中へ、消えていった。
『……やったね』
ラメールの声が、今度は静かに、柔らかく響いた。
「……ああ、なんとか……な」
ナイフを下ろし、大きく息を吐く。
まだ心臓は早鐘のように打っている。
だが、それも“生き延びた”証だ。
(これが……この世界の“戦い”か)
俺の“戦い方”は、まだ手探り。
だが、確かに踏み出した。
「……これが俺の役目か。なんか、少しだけ見えてきた気がする」
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