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第4話 静かなる影、闇に滑る

 洞窟の入り口から中を覗くと、わずかに燭台の明かりが揺れていた。

 奥はほとんどが闇。音もなく、空気は冷え、かすかに湿った土と獣のような臭気が漂ってくる。


(……行くか)


 深く息を吸い込み、俺は再びスキルを起動させる。


「カモフラージュ、軟体化、吸盤構造」


 体表が周囲の岩肌に溶け込み、関節の可動域が常識を逸脱して柔らかくなっていく。

 足裏や掌に吸いつくような感覚が走り、そのまま俺は無音で洞窟の天井へと這い上がった。


――まるで、人の形をしたスライムのようだ。


 視界を奪われるほどの闇の中でも、「超音波定位」が周囲の構造と気配を鮮やかに描き出してくれる。


(……こいつはすごいな。超音波さえあれば、光なんかいらない)


 地面を歩けば、足音や影が命取りになる。だが、俺は天井に溶け込みながら進むことができる。まるで、忍者――いや、影そのものだ。


 しばらく進んでいくと、岩壁の裏手に繋がる小さな横穴を発見した。超音波定位が捉えた中の様子によれば、そこはどうやら倉庫のような空間だった。


 (盗んだ物の保管場所か……)



 音を立てないよう、軟体化で身体を伸ばしながら扉の下の隙間をすり抜ける。

 そして慎重に着地すると、棚の上に無造作に置かれたナイフが目に入った。


(使わせてもらうぞ……)


 柄に手をかけた瞬間、スキル《触手感覚》が反応し、刃の重心や材質までもが手のひらを通して伝わってきた。


(切れ味はそこそこ……だが、初手には十分だ)


 そのまま再び天井へと這い上がり、物音ひとつ立てずに通路を移動していく。


 少し進んだ先、僅かな笑い声と話し声が耳に届いた。


 岩のくぼみから、灯りの漏れる部屋の様子を確認する。数人の男たちが、焚き火を囲んで雑談していた。


「なぁ……こんなこと、いつまで続けるんだ……」

「仕方ねえだろ。村じゃ飯もねぇし、あんたの娘だって飢えてたろ?」

「……くそ。わかってるよ、でも……」


 若い男たちのその声には、後悔と、罪悪感が滲んでいた。


(こいつら……盗賊っていうより、ただの村人か……?)


 その時、奥のほうから、聞き慣れない“異音”が響いた。


 ズルリ、ズズ……と、湿った布を引きずるような音。

 明らかに人間のものではない、何かが動く気配。


 空気が変わった。


 天井の岩肌に吸い付きながら、俺は慎重に音のするほうへと進む。

 視線を逸らしがちなほどの闇の中に、微かに揺れる松明の光が、洞窟の一角を照らしていた。


 (……あそこか)


 岩陰からそっと覗くと、そこには見張りらしき男が二人、入口の前に腰を下ろしていた。扉の奥からは、時折微かな物音――かすかな呻き声のようなものも聞こえてくる。


 目を閉じて呼吸を整え、次の行動を決める。


 まずは“見張りの無力化”だ。


 俺はカモフラージュを維持したまま、天井から静かに真下へ降り立つ。

 足音はゼロ、気配もゼロ――まるで影が動いているかのように。


 唾液腺に魔素を巡らせ、毒を一種だけ生成。

 《幻覚毒》――少量でも吸い込めば、短時間の幻覚と混乱をもたらす非致死性の毒。


 俺は拾ったナイフの刃を舐め指先でそっとなぞり、唾液に混じった毒を丁寧に塗り広げる。


(よし……これで準備は万端)


 天井から音もなく降下し、背後から近づいた俺は、会話に夢中の一人の男の肩口を狙って、刃先をわずかに滑らせる。


 「……っ? いって……なんだ今の?」


 男は肩を押さえて振り向こうとするが、すでに毒が巡りはじめていた。


 「……ん……なんか……フラフラする……」


 視線が泳ぎ、バランスを失った男が膝をついた瞬間、俺はその背後へすかさず回り込み、もう一人の男にも同様に――刃をかすめるように走らせる。


 「すまん。少しだけ、夢を見てくれ」


 倒れ込んだ男たちを壁際に引き寄せ、男たちが着ていた上着を剝いで口に布をかませておいた。


(これで静かになる……次は、扉の中だ)


 扉を押し開けた瞬間、部屋の中の空気が変わった。


 湿った空気、わずかに血と汗の臭い。

 その中に、縄で縛られた二人の女性がうずくまっていた。


(縄で縛られた女性たち……何のために……って、考えるまでもないか)


 女性という時点で目的は明白だった。


 「……!」


 俺に気づいた瞬間、警戒の色が走る。無理もない。


「安心して。助けに来た。声は出さないで」


 ゆっくりと近づき、ナイフで縄を切る。

 二人とも痩せこけ、目に力はなかったが、自由になった手足を見て、わずかに目が潤んだ。


「これから君たちを外に連れ出す。静かに、絶対に音を立てないように。いいね?」


 彼女たちは黙って小さく頷いた。


声をかけながら、そっと二人を連れ出す。

 見張りは無力化済み、出口までは問題なく進めた。


 通路の先、焚き火の前にいた“あの数人”の姿は、すでにそこにはなかった。

 どうやら気配を察して逃げたのか、あるいは“リーダー”に呼ばれて奥へと引っ込んだのか――どちらにせよ、今は姿が見えない。


 (……なら、今のうちだ)


 足元の不安定な彼女たちの一歩ごとに注意を払い、手を貸しながら、慎重に通路を戻っていく。

 軟体化と吸着スキルで接地音を極限まで抑え、彼女たちの足取りにあわせて微調整を加える。


 奇跡的に、誰にも気づかれることなく――無事、洞窟の入り口まで戻ることができた。


「ここで少し待ってて。すぐに戻るから」


 俺がそう声をかけると、二人の女性は不安げな表情を浮かべながらも、黙って小さく頷いた。

 まだ怯えが残っているが、もう目には先ほどまでの絶望はなかった。


 ただ――そのとき、背後から“あの音”が聞こえた。


 ズズ……ズルリ……


(来たか)


 振り返ると、洞窟の奥――闇の奥底から、這い出すような存在が現れた。


 人の形をしている。だが、その“目”は深淵のような真っ黒。

 口は裂けているが、そこから見えるのも、歯ではなく“闇”。


 言葉では言い表せない、本能が拒絶する異質さ。

 明らかに、“何か”が人間の姿を模しているだけの存在。


「……なんだあれ?」

『こんなに早く接触するとはね~、あれは悪魔族、この世界に存在してはいけない存在』


 倒せってことね……、人ならざる者なら遠慮する必要もないだろう。


『そういうこと~、彼らは致命傷を負うと、灰になるよ』


 この男こそが、村人たちを支配し、盗賊団を操っていた“リーダー”に違いない。


「クク……見つけた……外の空気の匂いだ……」


 闇が低く、ねっとりと喉奥から響くような声でそう言った。


 俺は女性たちを背後に下がらせ、ゆっくりとナイフを構えた。


 非殺傷で済ませるには――この“闇”に、どこまで届くか。


 目の前の“何か”に、俺は初めての“敵意”をぶつける。


(さあ――来い)


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