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第2話 新人女神ラメールとスキル

 ——足元の感触が変わった。


 意識が戻った瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、どこか幻想的な世界だった。


 白く輝く大理石の柱が何本も立ち並び、天井には波を模したような彫刻が施されている。青と白を基調とした空間は、静謐で神秘的なのに、なぜか心が安らぐ。


 窓の外には、透明な海の中に広がるサンゴ礁。魚たちが優雅に泳ぎ、海底に差し込む光がゆらゆらと神殿の中にまで届いていた。


 ここが異世界なのだと、言葉ではなく空気が教えてくれる。


「うぅ~ん、やっと来てくれたぁっ!」


 突如、元気な女の子の声が神殿の奥から響いてきた。


 振り返ると、そこには海の精霊のような少女が立っていた。銀色の髪がふわふわと揺れ、水色の瞳がこちらをまっすぐ見つめている。ドレスのような神衣しんいは、水のきらめきを映したように輝いていて、彼女の周囲には泡のような光がふわふわと漂っていた。


「えっと、えっとっ! あらためまして、はじめましてっ! わたし、ラメール! このヴェリディアって世界で、水のことをちょっとだけ任されてる……えへへ、新人女神ですっ!」


 ぺこっと頭を下げたかと思えば、ふわりと浮かび上がる。どうやら本当に神様らしい。


「ずっとずっと、あなたのこと探してたんだよ~! 前に夢で話しかけたの、覚えてる?」


「あ……あれ、お前だったのか?」


「うんっ! わたし、がんばって海を通して呼びかけてたの。ちゃんと届いてたみたいでよかったぁ~!」


 無邪気な笑顔で両手をぱたぱたさせて喜んでいる。


 神様って、もっとおごそかで偉そうな存在を想像していたけど……この子は、どこか普通の女の子みたいな雰囲気を持っている。


「でもね、これでも本気でお願いがあって! あなたに、“使徒”になってほしいのっ!」

「……使徒?」

「うん。異世界で、女神の代理として、ちょっと困ってる人たちを助けてほしいの」


 急に真剣な目になり、ラメールはふわりと俺の前に浮かんできた。


「でも無理には頼まないよ? この世界のこと、ちゃんと説明するし、スキルのことも、ぜーんぶ用意してあるから。あなたが“やってみたい”って思ってくれたら、それでいいの」


 その言葉は、誰かに命令されるのではなく、自分で選んでいいんだと背中を押してくれるような優しさに満ちていた。


「じゃあ……まずは! あなたのステータス見てみようか!」


 とびきりの笑顔で、彼女は両手を胸の前に合わせ、指先を光らせた。


 ラメールの指先から淡い水色の光が広がると、空中に透明なスクリーンのようなものが浮かび上がった。そこには見覚えのない文字列がいくつも並んでいたが、不思議と意味は自然に理解できた。


「はいっ! これが、あなたのステータスです!」


【名前】村本むらもと 海翔かいと

【種族】人間

【年齢】35歳

【称号】使徒・外界来訪者アウトサイダー

【スキル】タコ


「……タコ?」


 思わず声に出してしまい、スクリーンをまじまじと見つめた。


「うん! タコ!」


 ラメールはにこにこと無邪気な笑顔で答える。


「いやいや……もっとこう、勇者とか剣聖とか、そういうのが来ると思ったんだけど!? タコって……食材じゃん……」


 肩を落としながら呟くと、ラメールはふわっと笑い、ぴょんとこちらに近づいてきた。


「もぉ〜、ちゃんと聞いてから判断してよねっ! “タコ”って、実はすっごくすごいんだから!」


 そう言って、ラメールは指先をくるっと回すと、空中にパァッと水色の光を描いた。

 すると、その光から透明なスクリーンが浮かび上がり、そこに謎の文字がいくつも並び始める。


 にもかかわらず、俺には自然とそれが「理解」できた。不思議と、目に入ってくる情報が脳に直接入ってくる感覚。


「はいっ、これがあなたのスキルの詳細だよ!」


 そう告げたラメールの声と共に、スクリーンに次の情報が映し出される。

■スキル《タコ》──進化型ユニークスキル

分類: 変化・憑依・適応系スキル

概要:古代海洋神の加護を受けた、海洋生命「タコ」の持つ特性を極限まで引き出す特殊スキル。

使用者の肉体と精神に深く融合し、周囲の環境や状況に応じて能力が変化・進化する“流動系適応型スキル”。

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■ スキル効果一覧:

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■ 基本特性

•カモフラージュ(光学迷彩)

 周囲の環境に同化することで、視覚・魔力感知の両方から姿を隠す。静止状態であれば「気配遮断」に近い効果を発揮。

•軟体化(柔軟適応)

 骨のない構造を再現し、あらゆる狭所への侵入や敵の攻撃の無効化が可能。物理ダメージの通過率を劇的に軽減する。

•再生能力(触腕再生)

 失った四肢を短時間で再生可能。再生速度は使用者の体力と魔素量に依存し、再生中は一部スキルの使用に制限がかかる。

•3つの心臓(予備心核)

 致死ダメージを2度まで耐えることが可能。発動時、肉体は自動的に硬直し数十秒間の“仮死状態”へ移行、その後完全回復。

•水中呼吸(鰓呼吸機構)

 鰓様器官により水中でも呼吸が可能。長時間の潜水行動に対応し、水陸の活動制限を受けない。

•吸盤構造(多点吸着)

 手足をはじめとした全身に微細な吸着器官を展開可能。壁面や天井への張り付き、滑りやすい物体の保持、武器の離脱防止などに応用可能。

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■ 感覚・認識系能力

•超音波定位(音波探知)

 暗闇・濃霧・視界ゼロの状態でも、音波により周囲の立体構造と敵の位置を正確に把握。魔力反応も微弱ながら捕捉可能。

•触手感覚(精密触知)

 対象の表面、材質、体温、魔力の流れなどを触感のみで解析。偽装や変身系スキルの看破にも応用できる。

•環境記憶(周囲適応)

 一度通った場所や見た景色、触れた物の性質を記憶し、瞬時に再現・回避に活用できる。迷宮や戦場などで特に効果を発揮。

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■ 戦闘・攻撃特性

•唾液毒化(有機毒生成)

 唾液腺で毒素を合成。神経毒・幻覚毒・腐蝕毒など多彩なバリエーションを生成可能。近接戦において牙やキス等の攻撃で発動。

•煙幕展開(墨霧変換)

 水中では墨、地上では霧として噴射する。広範囲の視界を遮断し、嗅覚・魔力探知を撹乱。逃走や奇襲に最適。



「……た、高性能すぎない!?」


 スクリーンに並んだとんでもない能力の数々を見て、俺は思わずのけぞった。

 一体どこに“おいしいけど地味”なイメージが残っているというのか。これ、“タコ”って名前じゃなかったら超チート級だぞ……。


ラメールは、胸を張ってふふんと得意げに笑う。


「ね? すごいでしょ? タコって、めちゃくちゃ万能なんだからっ♪」


 ステータス画面がふわりと消えていったあとも、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。確かにタコは“海の忍者”と呼ばれているくらいに色々なことができるのは知っていた。目の前に並んでいた“タコスキル”のあまりの多機能ぶりに、思考が追いついていない。


「……すごいな。タコって、ありとあらゆる毒が使えるもんなんだな」


 半ば感心しながらつぶやくと、目の前のラメールが、にこりと微笑みながら首を縦に振った。


「うん、それはね、タコって日常的に“ゲノム編集”ができるからだよ。体内で自在に毒素を作り分けられるようにしたってことなの」

「体内で……毒を設計して生成ってことか……まるで生きた化学工場だな」

「しかもね、毒を作れるってことは、逆に毒への耐性も持ってるってこと。じゃないと、自分で作った毒で倒れちゃうもん」

「……そりゃ困るな」


 自分の放った毒で自爆なんて、ギャグにもならない。  だが“唾液毒化”や“霧展開”のスキル説明を思い出す限り、このスキルは毒の扱いに関しても一級品。敵の動きを封じるだけでなく、記憶操作や幻覚、非致死の無力化まで可能にできそうだ。


 思わずこぼれた独り言に、隣でラメールがうんうんと元気に頷いた。


「私の見る目、間違ってなかったよねっ!」


得意げに胸を張るラメールは、海の中の神殿にまるで似合わないほど陽気で無邪気だった。だがその笑顔の奥に、どこか真剣なものも感じる。


「……でも、ここで何をすればいいんだ?」


 そう問いかけると、ラメールはくるっと回って銀色の髪を揺らし、神殿の大きな階段のほうを指差した。


「いよいよ、“ヴェリディアの大地”に行くときだよ!」

「地上?」

「うんっ! この世界で何が起きてるのか、実際に見てほしいの。外の空気を吸って、空を見上げて、そこで感じてほしいの。……あなたに、守ってほしい“世界”のこと」


 それは“使徒”としての第一歩であり、同時に、彼女が創られた意味を知る旅の始まりでもあったのかもしれない。


「準備はいい? これからあなたは、“ヴェリディアの大地”に立つんだよ、カイト!」


 ラメールの声が明るく響く。神殿の床に、水面のようなゆらぎが広がり、やがて魔法陣が浮かび上がった。天井から降り注ぐ淡い光がその陣を包み込み、波紋のように光が広がっていく。


「転移先は、安全な“森の入り口”だよ。まだこの世界に慣れてないだろうから、最初は穏やかな場所からにしておいたの」

「優しいな……女神さんは」


 軽口を叩きながらも、胸の奥がわずかに高鳴るのを感じた。これから俺は、この世界で生きていくのだ。


「カイト……気をつけてね。私が選んだ“力”は、他の誰とも違う特別なものだから。自分らしく進んで。あ、あと森の近くに、小さな洞窟があるの。最近、盗賊が潜んでるから、まずはそこで色々試してみて!」


 ラメールが小さくウインクし、手を振る。


「了解」


 俺がそう答えた瞬間、光の魔法陣がまばゆく輝き、視界が白く染まった。


 ——そして、次の瞬間。


 風の音。木々のざわめき。鳥のさえずり。  ほんのり湿った大地の香り。


 視界が戻ると、俺は鬱蒼とした森の中に立っていた。差し込む陽光が木漏れ日となって揺れている。


「……ここが、“地上の世界”か」


 深く息を吸い込んだ。潮の匂いはもうどこにもなく、かわりに森の生命の気配がそこかしこに満ちている。


 俺の異世界での物語が、いま静かに幕を開けた。


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