第15話 “少女”の冒険者、波紋を呼ぶ」
朝の陽が差し込む《月明かりの宿》の一室。
目覚めた俺は、体の違和感――いや、むしろ“軽さ”に、静かに息をついた。
(……本当に、女の子の姿のままだ)
昨日の変化のあと、そのまま眠った。
今の身体は、明らかに“十代半ばの少女”――鏡に映る姿にも、まだ慣れない。
「元に戻るのは……まあ、また今度でいいか」
激痛を思い出すと、簡単には踏み切れない。 それに――今日は、この姿で“試してみたい”こともある。
俺は昨日クラリスに買ってもらった、軽装の冒険者服に袖を通した。 スカート付きチュニックに革のアンダーガード、動きやすくも可愛げのある装い。
違和感は、ある。けれど、嫌ではなかった。
◇◇◇
冒険者ギルド本部。
朝早くにも関わらず、受付前にはすでに多くの人で賑わっていた。
(昨日は男の姿だったけど……このまま、通れるのか?)
不安を胸にカウンターへ向かうと、受付の女性が俺に微笑んだ。
「ご用件をお伺いします――あら?」
「昨日、登録した者です。クエストの受理をお願いしたくて」
「ええと、お名前は……?」
「カイトです」
受付嬢は一瞬戸惑いを見せたが、すぐにカードを手にした。
――が、カードが淡く赤く変色しはじめる。
「あ、あの、すみません。本人確認のため、こちらに触れていただけますか?」
「あ、はい」
カードを受け取り、指先を添えると――色がふわりと元の黒地に戻った。
(……なるほど、他人が触れると変色する仕様か。本人確認と不正防止か)
受付嬢は少し驚いたように微笑んだ。
「失礼しました。見た目が……昨日と違うように見えたものですから」
「ええ、少し事情があって……変身系のスキルの応用みたいなものです」
「そうでしたか。Dランク用のクエストは、あちらの掲示板にございます。ご案内いたしますね」
問題なく処理が済み、ひと安心して掲示板へ向かおうとした、そのとき――
「ちょっと待ったぁ〜!」
あの、聞き覚えのある派手な声がギルドの奥から響いた。
「やだぁ、そこの可愛い子ちゃん……どこかで見た気がする顔ねぇ? 昨日の“彼”にそっくりなんだけど……まさか、ね?」
金髪巻き毛、きらびやかなマントをはためかせて現れたのは、ギルドマスター――ジル。
(ああ……やっぱり気づいたか)
「……ええ、俺です。昨日と同じカイトです」
ぴたりと足を止めたジルは、唇に指をあてて、うっとりとした表情を浮かべる。
「ふふん……これはタダの変装じゃないわねぇ? なーんか、もっと“根っこから”違う感じ♡ でも、そういうの嫌いじゃな~い!」
「……誤解を招く言い方はやめてください」
「アハン、可愛い反応♡ それ、ますます気になるぅ~」
後ろから、コツ、コツ、と落ち着いた足
「また騒がしくなってますね、マスター」
現れたのは、銀髪の副マスター――セリカだった。
「セリカ。ほら見て、この子。“カイトちゃん”が、今日はこんな姿で現れたのよ〜!」
セリカは俺を一瞥すると、少しだけ目を細めた。
「……なるほど、昨日とは体格が違いますが、気配と魔素の流れは同じ。間違いなく、本人ですね」
「はい。一応、ギルドカードの本人識別でも確認済みです」
「ええ、拝見しました。問題ありません」
セリカはジルに小声で何か耳打ちした。ジルは頷いて、くすくす笑う。
「ま、とりあえずDランクのままでいいとして……これ、注目株よねぇ♡」
そして俺の方を向いて、片目をつぶる。
「せっかくだから、カイトちゃん。今日の初クエスト、しっかり決めてきてね? いい報告、期待してるわよん♡」
「……頑張ります」
ジルは満足げに去っていき、セリカも軽く一礼して背を向ける。
(……あの二人、やっぱり只者じゃないな)
◇◇◇
クエスト掲示板には、Dランク冒険者向けの依頼がずらりと並んでいた。
【南門周辺の草食魔物の駆除】
【配達護衛:下町市場→西通り】
【鉱石サンプルの収集:廃坑跡】
【薬草の採取と納品】
(……さて、どれにするか)
視線を走らせたそのとき、ひときわ目立つ紙に目が止まった。
【特別調査:街道沿いの廃屋での魔物目撃情報(Dランク推薦)】
依頼主:王都治安局 報酬:銀貨10枚+成果加算
(……これだ)
俺は紙を手に取り、受付へ戻った。
「こちらの調査依頼、受けます」
「確認いたしました。《特別調査:廃屋の魔物》……ですね。ご武運を」
手渡された調査許可証を手に、俺はギルドを後にした。
(少女の姿でも、やれることを証明してやる)
足取りは軽く、そして――どこか、わくわくしていた。
冒険者としての本当の第一歩が、いま始まる。
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