第14話 少女の姿で……
Bar《海月亭》の奥、昼の名残がかすかに残る店内。
カウンターの上では、クラリスが手際よくティーカップを片づけていた。
「さて……ちょっと待ってて。分体、ひとり出してくるから」
彼女がそう言うと、ふわりと空気が揺れる。
クラリスが静かに片手を掲げ、淡く光る魔素が床に浮かび上がった。
数秒後――
彼女と瓜二つの、しかし少し若々しい雰囲気の女性が、すっと現れた。
「店番、お願いできる?」
「はい、クラリス様。おまかせください」
敬語で受け答えするその姿は、どこか優等生のようで、けれど目元や仕草にはクラリスの気配が確かに残っていた。
「じゃあ、私たちはお出かけしましょうか」
「……えっと、どこへ?」
「決まってるでしょ? 女の子として外を歩くのなら、それなりの“格好”が必要なのよ」
(え……今から、その格好を……?)
抗議の暇もなく、クラリスに腕を取られ、俺は王都の街へと連れ出された。
◇◇◇
陽の傾きかけた王都の通り。
その中を、少女の姿で歩くというのは……思っていた以上に、落ち着かない。
「うぅ……視線が気になる……」
「ふふっ、仕方ないわね。可愛い子が歩いてたら、そりゃ見られるわよ?」
「……俺、男ですけど?」
「ええ、知ってる。でも“今”は、女の子でしょう?」
さらりと笑って言われたそれに、返す言葉も見つからない。
クラリスの言葉は、いつもどこか隙がない。
連れてこられたのは、小さな仕立て屋《ミリィの服飾店》。
木の温もりを感じる外観に、花飾りが吊るされた可愛らしい店構えだ。
「いらっしゃいませ~! あら、クラリス様! 今日はお嬢さんの……お連れさま?」
「ええ。この子に似合う服を探してあげたいの。冒険者志望だから、動きやすくて、でも可愛げのあるものをお願い」
「おまかせください♪」
笑顔の店員が奥から次々と服を取り出してくる。
シャツ、ワンピース、チュニック、スカート、短めの冒険者風ジャケット――
(うわ、見るからに“女の子”用ばかり……!)
「こ、これはちょっと……!」
「いいから、試着してきなさい♪」
クラリスの圧に押され、俺は試着室に押し込まれた。
◇◇◇
「ほら、これとかどう?」
「――って、え、また!?」
試着はすでに6着目。
チュニックとスパッツの組み合わせは悪くなかった。
動きやすいし、見た目も“女の子”っぽすぎない。
だが次に渡された服は――
フリルつきの、ふわふわワンピース。
「これは絶対無理……!」
「ふふっ、大丈夫よ。着たら案外似合うから」
「クラリスさん、それフォローになってないですから!」
店員がくすくす笑う中、俺は必死に“羞恥”と闘っていた。
……なんなんだ、今日という日は。
◇◇◇
続いて連れてこられたのは、防具屋《イサベル工房》。
冒険者向けの軽装用防具が並び、革製のアームガードやレッグカバー、ブーツなどが整然と棚に並んでいた。
「ここで最低限の防具も揃えておきましょう。女の子の格好でも、動ける装備は必要よ」
クラリスは手際よく店員に相談し、見繕ってくれる。
「ほら、これ。革製のアンダーシャツと防刃布のスカート付きチュニック。軽装だけど、魔物相手でも十分耐えるわよ」
「……ありがとうございます」
俺が困ったように頭を下げると、クラリスはいたずらっぽく笑った。
「女の子としての“可愛さ”も、戦闘用の“実用性”も、両立しなきゃね」
(……そう簡単に両立できるもんじゃないと思うけど……)
◇◇◇
買い物の最後は、アクセサリー屋《ルネの小箱》。
「クラリスさん、さすがにもういいんじゃ……?」
「最後の仕上げよ。女の子が“女の子として扱われる”には、こういう部分が大事なの」
俺の抗議など意に介さず、クラリスは小ぶりなピアスや髪飾りを選び始める。
「これなんてどう? 水晶と銀細工のペンダント。海のイメージで、あなたにぴったりよ」
「いや、これって……お姫様みたいな……」
「じゃあ決まりね♪」
(なぜ!?)
店員さんにも「とってもお似合いですよ~」と微笑まれ、もう逃げ道はなかった。
◇◇◇
夕暮れが近づく頃、クラリスはふと足を止めた。
「……今日は、ここまでにしておきましょうか」
「ふぅ……ありがとうございます、というか、お疲れ様です」
「ううん。こちらこそ、楽しかったわ。あなたの反応、いちいち可愛くて」
「……やっぱりクラリスさん、楽しんでましたよね」
「バレた?」
からかうような笑みの奥に、どこか柔らかな優しさが見えた。
「……ところで、今夜の宿は?」
「あ、まだ決めてなくて……」
「だったら、知り合いの宿を紹介するわ。女性でも安心して泊まれる、きれいで静かな場所よ」
連れてこられたのは、石造りの落ち着いた宿《月明かりの宿》。
優しげな老婦人が出迎えてくれ、静かな個室を案内してくれる。
「ゆっくり休んでね。明日は冒険者としての“大事な日”になると思うから」
クラリスがそう言って帰っていったあと、俺はベッドの上に崩れ落ちた。
「……はぁ……どっと疲れた……」
けれど。
鏡に映る、慣れない“自分”の姿。
――これはこれで、悪くないかもしれない。
(よし……明日は、この姿でいこう)
心のどこかで、少しだけ“期待”している自分がいた。
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