初恋とタイムカプセル
「おーい、礼二!こっちだ」
居酒屋に入ると友人の田中尊が手を振っていたのでそこへ向かった。
複数のテーブル席には小学生時代の懐かしいクラスメイト達が席に座って各々楽しく盛り上がっていた。
彼女は来てないのか。
一通りメンバーを確認してから俺は田中の横に座ると、すでに酔っぱらっているのか酒の匂いが漂ってくる。
「おい、礼二。誰を探していたんだ?ぐははは、どうせ奏ちゃん目的で来たんだろ」
吹雪奏は小学生時代に俺が好きだった女子だ。
物静かであまり人付き合いが好きではないのかよく一人でいるような子だった。
中学までは同じ学校でたまに会話をする程度の仲だったが、中学を卒業してからは一回も会っていない。
あの時、告白していたら未来は変わっていたのだろうか。
「奏ちゃんにも一応招待状を送ってはみたんだぜ?まぁ彼女は昔から人と群れるタイプじゃないからな。まっ、そんな気を落とすなって」
田中は俺を励ますように肩を組んできたが、酒臭かったので振り払うと何が面白いのか、げらげらと大声で笑い始めた。
「はぁ、これだから酔っぱらいは嫌いなんだ」
適当に串焼きを頼み、懐かしい友人達から仕事の愚痴なんかを聞きながら時間が過ぎていった。
「みんな!小学校にタイムカプセルを埋めたの覚えているか?実は許可を取っているからみんなで掘り起こしにいかないか」
解散間際に同窓会の主催者の一人が大きな声で提案をし、まばらに声が上がった。
タイムカプセルか懐かしいな。
何を入れたのかなんて覚えてないけど。
まぁ、明日は仕事も休みだし最後まで付き合うのも悪くない。
「はい、は~い。田中行きま~す。ついでに礼二も行くよな?」
「ああ、暇だしな」
そうして、解散し店を出ると、タイムカプセル掘りに賛同した一部の人達で小学校のグラウンドに向かった。
大きな木の下にスコップが置いてあり、各々地面を掘り始めた。
「それにしても、学校も律義に残してんだな」
「同窓会が終わり次第処分してるらしいぞ」
「そんなめんどくさいことよくやるなぁ」
田中と話し合いながらスコップを持つ手を動かしていると土とは違う固いものに当たった。
周りの土を慎重に掘って、四角い木箱を取り出した。
「おお、本当に残ってた。なんか感動するな」
俺が見つけたのと同時にみんなも自分のタイムカプセルを見つけたのか次々と感嘆の声が溢れた。
「俺の方も見つけたぜぇ!うわっ、野球ボールが出てきたよ」
「うわー、私はぬいぐるみが入ってた」
「昔のテスト用紙とか出てきたわ」
俺も自分のタイムカプセルの蓋を開くと一枚の手紙が入っていた。
『将来の自分へ、僕は吹雪奏のことが好きです。ただ、告白する勇気が出ないので僕のこの気持ちは将来の自分へ託します。長田礼二。』
うわっ、なんて恥ずかしいことを書いてるんだ昔の俺は……。
あまりの羞恥心に顔が熱くなる。
「おい、礼二。お前のには何が入ってたんだ?そういや、タイムカプセル入れるときもお前は頑なに教えてくれなかったよな」
そう言って田中は覗き込むように木箱を見てきたので慌てて蓋を閉めた。
「おい、見るな。プライバシーの侵害だぞ」
「ぎゃはは。お前は昔と変わんねえな」
田中は俺が見せないとみるや他のクラスメイト達の輪へと加わりに行った。
ふうぅと息を吐き、この手紙をどうしようかと考えた。
もしこの場に吹雪奏がいたら、俺は告白してたかもしれないな。
そんな叶わない願いを胸に抱き、ポケットからペンを取り出した。
『過去の自分へ。さっさと告れ。将来の俺はただのヘタレだ馬鹿野郎』
俺は過去の自分に返答するように、一行空けて付け足した。
そして、木箱に手紙を戻して蓋を閉め地面に埋め直した。
「それじゃ、そろそろ解散します」
「はーい」
「主催ありがとう。楽しかったよ」
口々に別れの挨拶を交わして俺は帰路についた。
一人暮らしのアパートに戻りベッドに倒れこむ。
「はぁ、結局、彼女とは会えなかったか」
昔の手紙を読んだこともあり、諦めていた恋心に火をつけてしまった。
だけど、時すでに遅し。
あっ、そういえば、同窓会が終わったら処分するって言っていたな。
まぁ別に読まれてもいいか。
やり場のない感情を胸に抱きしめて意識は深い暗闇に飲み込まれていった。
『何読んでるの?』
『怪盗シリーズ』
『面白そうだね。僕にも後で貸してくれない?』
『興味あるの?お勧めは……』
懐かしい夢を見た。
教室で一人本を読んでいた吹雪奏に初めて声をかけた時のことだ。
それから少しずつ会話も増えて次第に俺は彼女に恋をしたんだ。
子供時代の甘い恋心。
甘い……匂い?
鼻をすすると香ばしい匂いが漂ってくる。
おかしい、俺は一人暮らしのはずだ。
ときおりカンカンと何かがぶつかる音もする……。
「火事か!?」
俺は布団を蹴飛ばして慌ててベッドから飛び起きた。
そのまま急いでキッチンへと向かうとエプロン姿の女性がそこに立っていた。
「ふん、ふん、ふん。ん?あっ、おはよう礼二。もうすぐ朝食が出来上がるから待っててね」
鼻歌を歌いながら柔らかい声で微笑まれた。
どこか見覚えのある声と顔。
「お前は……吹雪奏……なのか?」
「寝ぼけてるの?そうですよ。私はあなたの妻の長田奏ですよ」
俺は後ろから彼女を抱きしめた。
「好きだ」
「ふふふ、どうしたのよ。私も好きよ」