霧雨の中
濃い霧が辺りを覆っていた。まさに一寸先は白い闇といったところ……。
「参ったなぁ……」
…そう、アキコはつぶやいて辺りを見回してみる。
毎日の通勤で通る、見知った街の、勝手知ったる道が、物凄い濃い霧のために、まるで様相が一転し、自分が今どこに居るか、どちらへ向かって進めば良いかすら分からなくなってしまった。
「こりゃあ、下手に動けないな……街中で遭難とか……さすがに無いとは思うけど……」
そんな事を言っていると、少し霧が薄くなってきた……。少し先に、何か大きな建物の影が見える。ほとんど反射的に、アキコはそちらへ向かって歩き出していた。
「……あれぇっ!?」
近付いてみて、彼女は思わず叫んだ。というのも、何とその建物というのが、彼女がかつて通い、卒業したはずの学校だったのだ。
だがそれは有り得ない事だった。なぜならその学校というのは、彼女が現在仕事をしている街から何十キロも離れた所にある、彼女の故郷にあるはずのものだったからである。
「私、どうかしちゃったのかなぁ?……それとも、凄く良く似た学校とか……?」
だが校門の表札を見ると、まさにその学校なのだ。それは確かに彼女の母校だった。
いつの間にか、霧はしとしとと降る雨に変わっていた……。
……ふと、アキコはある記憶を思い出した。
「そうだ……確かこんな雨の日だったなぁ……」
ある雨の日の放課後、傘を忘れた彼女は、学校の玄関で立ち往生していた。もう一人、彼女と同じクラスの男子がいた。フユタというその男子の事が、アキコはずっと好きだったのだが、結局、親しくなるチャンスが訪れないまま卒業を迎えたのだった……。
(……あの時、もし傘を持っていたら、一緒に帰るきっかけになったのかも知れないって……後々何度も思ったもんだわ……)
そんな事を思いながら校舎に目をやると、何と、そこにアキコそっくりの女子生徒が、やはりあの日と同じように、雨宿りをしているではないか。
(……どういう事!?)
そしてその少し離れた所には、やはりフユタそっくりの少年が立っていた。
(……これは……一体どうなってるの?……ここは過去……?)
理由は全く理解できないが、確かにそうらしい。彼女が今いるのは「あの日」なのだった。
そして、また思い至った。自分が今ちょうど折り畳み傘を持っている事に……。
(これは……夢か幻か分からないけど、ひょっとして……)
彼女は思う。
(神様がくれたプレゼントかな……)
そして彼女は折り畳み傘を手に、二人の方へと歩み寄った……。
終