⑨男の戦い
「姉さん!」
鉄巨兵の背後から聞き覚えのある声がシドリーの耳に入る。
オセだった。
屋根の上にいた彼女は、鉄巨人の背後に向かって飛び出すと、赤い鎖のついた白銀の斧に炎を纏わせ、地面に手を入れて身動きの取れない一体の背中を叩き切る。
鉄巨兵の背中が爆発し、同時に赤い炎と黒い煙が背中から立ち上った。
「無駄だよ。その程度の攻撃でじゃ、この鉄巨兵を止められない」
味方の一体が攻撃を受けても、フルフルは余裕のある表情で、相手の無意味な行動を嘲笑した。
爆発で背中半分が黒煙に包まれたが、鉄巨兵は地面に埋もれた拳を引き抜き、何事もなかったかのように煙の中心を殴りつける。
黒煙は強制的に円を描いて霧散し、オセが地面に叩きつけられた。
赤き鎖は何も反応を起こさなかった。
それが彼女の反応を鈍らせた。
彼女の持つ赤い鎖『紅蓮のアイギス』は相手の視線に反応し、自動的に鎖が防御壁を生成する。だが、鉄巨兵には顔がないため、鎖の壁が発動しない。それに気付いたオセが咄嗟に赤い鎖に魔力を送り込んで自身の魔法で障壁を作るが、巨人の一撃を最後まで受け止める事は叶わなかった。
四枚の障壁が全く意味を成さない。圧倒的な質量をもった一撃は、それだけで絶対的な攻撃力と化していた。
オセは地面に全身を叩きつけられ、自分の身長と同じ高さまで跳ね上がる。声も出せない程の地檄を受けた彼女は何度も地面を擦りやがて動かなくなる。
「まず一人ぃ!」
フルフルの指示で、オセを殴りつけた鉄巨兵が地面に落ちたオセに向かって左足を上げた。
「や、やめろぉぉ!」
シドリーが叫び、オセに向かう。
だが間に合わない。
「いいや、間に合わせるんだよっ!」
「アモン、シュウチュウ」
シドリーの横を風が通り過ぎる。
左半身を銀色の装甲で包んだアモンが高速で飛び出し、踏み下ろされる巨人の足の間に体を滑り込ませた。アモンは肩を地面に擦り付ける程の超低姿勢で倒れているオセを拾い上げると、そのままの勢いで巨人の足の範囲からすり抜けた。
扉が閉まるように鉄巨兵の足が地面へと沈む。
「うおぃ! 間一髪って奴かぁ?」
「アモン、シュウチュウ」
バルバトスと一体化したアモンは、抱きかかえたオセを広場の外周、半壊した建物の柱に静かに置くと彼女の呼吸を確認する。彼女は頭部からの出血、両手の骨折と重症ではあるが命には別条ない。
「イキテイル。ダガイマハ、コレイジョウノチリョウガ、デキナイ」
アモンの左肩からバルバトスの声が聞こえてくる。
「まぁ、今すぐ死ぬ事はねぇって分かっただけでも拾いもんよ」
オセを背中にしてアモンが立ち上がった。
「ようやく、動けるようになってこっちに来てみれば、随分とまぁ………」
彼が鉄巨兵を見上げる。
「どうすんだ? これ」
どうすれば勝てるのか。その方法が思いつかない。
「すまん。アモンそれに………その色はバルバトスか」
シドリーが駆け寄ってきた。
「シドリー。ウチの魔王はどこにいった?」
「アモン、コトバヅカイ」
アモンが首を左右に振ると、シドリーが遠くを指さし、鉄巨兵の一撃を受けて瓦礫の下敷きになっている場所を示した。
「………分かった。シドリーは魔王の所に行って瓦礫をどかしに行ってくれ」
「何を馬鹿な! お前達はどうする!?」
シドリーの怒った表情に、アモンは口元を緩ませると彼女の肩の上に手を置いた。
「決まってんだろ。俺が奴らを引き付けて時間を稼ぐ」
その間にタイサを救出して例の剣で戦ってもらうしかない。アモンはそう結論付けていた。
「俺の意見は最近良いんだろう? だったら今回の言葉も信じてくれや」
「アモン………」
シドリーにはそれ以上投げかける言葉が見つからなかった。彼女自身もまた、彼の策以外に良い方法が見い出せない。むしろ、それしか方法がなかった。
「死ぬな」
「当たり前だ。お前とはまだまだ腐れ縁を続けたいと思っているんだ。こんな所で簡単に死ねねぇよ」
アモンが肩の力を抜き、歯を見せて小さく笑う。そして瓦礫に向かうシドリーの背中を見続けた。
「アモン、イイノカ?」
バルバトスがアモンに声をかける。
彼は両手の拳に力を溜め込むと、歯を食いしばって昂る気持ちを解放する。
「いいんだよ。頭の悪い俺にゃぁ、あれが精一杯だ」
そして三体の鉄巨兵を睨みつける。
「さぁ、行くぜぇ。バルバトス! 相手にとって不足はねぇ!」
「リョウカイダ、アモン」
アモンは両手の黒爪に炎を纏わせ、両足で地面を蹴りつけた。




