⑤いつも売る方が買う
五分が経つ。
周囲には長く、タイサにとっては一瞬の感覚だった。
門から、全身白と青灰色の毛で覆われた二足歩行の狼が姿を見せる。細かい鎖で編まれた重そうなズボンに、両手に付けた赤褐色の籠手から生える赤黒い爪。
魔王軍の77柱の1人、アモンだった。
デルに切り落されたはずの腕は何事もなかったかのように生えている。タイサの頭の中に、かつて魔王軍の司令官と戦った中で現れた、回復魔法を扱う獣が思い出された。
オークに呼ばれたアモンは、焦りながら事情を話したオークの頭を上から下へと軽く小突くと、溜息交じりに前に歩き出し、面倒そうに腕を組んだ。
「オーク共が、変な人間がいると慌てて吠え立るもんだから、どんな奴かと思って見に来れば………随分と見知った顔の奴がいるじゃないか………何だ、俺の腕を落とした奴はいないのか?」
気配で分かるはずの彼は、わざとらしく辺りを見回してタイサの戦友を探す。だが、その演技もすぐに飽きると、アモンはタイサを見下すように顎を突き上げ、先程とはうって変わって空気を震わせる気迫を発し始めた。
「何の用だ? ここが俺達の領地だって知らなかった、なんてふざけたことを抜かしたら………ぶち殺すぞ」
まるでアモンの両腕の爪が伸び、タイサの体を貫くような錯覚を思わせる殺気の籠った声。冗談ではなく、本当に目の前の人間を殺すつもりで、しかし感情を抑えつつ魔王軍の幹部として果たすべき責務を両立させようとしていた。
「………魔王軍に捕らわれた女性がいないか。それを聞きに来た」
「はぁ? 何だって?」
予想外の返事に、アモンが一気に不機嫌で不愉快な顔に変わる。
タイサは相手の表情と殺気に負ける事なく、女性の特徴を淡々と語った。弓を持ち飛竜に乗っていた事、容姿、年齢等、妹だという事実のみ伏せたまま、誰が見聞きしても分かるような単語を羅列する。
そしてタイサが伝えられる言葉を全て伝えると、二人の間に数秒間の沈黙が挟まれた。
「もしも………だ」
先に口を開いたのはアモンだった。彼は組んだ腕を崩し、顎を触りながら何かを思いついたかのように牙を見せて笑みを見せる。
「心当たりがあると言ったら、どうする?」
「是非にでも教えてもらいたい」
タイサは動揺する事なく、冷静に即答した。
仮に知っていたとしても、アモンは簡単に教えるつもりはない。タイサは彼の表情からそう読み取った。
「お前達の世界では、欲しい情報はタダで教えてくれるのか?」
「………何だ、金が欲しいのか? 案外魔王軍も俗っぽいな」
分かりやすい挑発に、タイサも意地悪く目を細めて片方の頬を吊り上げた。
「良い言葉だ! その挑発、買ってやるぜぇ!」
アモンが両足を使って飛び上がり、タイサの真上から両手の爪を広げながら飛び込んだ。そして長い舌を口からはみ出し、右腕の爪を頭の後ろから振り下ろす。
タイサはそれを左腕の大盾を掲げて頭の上で受け止める。その瞬間、タイサを中心に衝撃波が生まれ、小さな砂や小石が舞い上がると共に、空気の振動がそれらを外へと弾き出した。




