⑦アンドレアの誤算
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「蛮族の癖に………馬鹿の一つ覚えのような奴らにっ」
アンドレアは確実に焦っていた。身も気もよだつような重装甲の人間は、見た目の重量ではあり得ない小回りを繰り返し、突撃してくる。それに掴まる褐色の肌をもつ騎士は正面、時には最初のように遅れて攻撃を仕掛けてくる。
冷静に見れば一辺倒な戦い方であり、その対応も重装甲の者を打ち倒すだけで済む。
だがそれができない。
アンドレアが両腕の羽を炎の球に、氷の礫に、風の刃に変えて解き放っても、目の前の重装甲の人間は倒れず、それどころか速度すら変える事なく、常に接近を挑んでくる。
「何で倒れないのよっ!」
女性とは程遠い低い声が、空気を振動させる。
解き放った炎が巨大な盾に弾かれ、氷の礫が肩の装甲で砕かれ、風の断層が胸の黒い装甲でかき消さていった。
「………何て奴なのっ。くっ!」
声を詰まらせ、アンドレアは直進する重装甲を右に跳ねて避ける。
背後か、それとも正面か。アンドレアはすぐさま首を左右に振った。
「両方!?」
いつの間にか飛び降りていた褐色の女騎士の鋭い突きを右側面から、急停止急旋回してきた偽魔王の騎兵槍の一撃を、左の側面から仕掛けられる。
アンドレアは両足を左右に開くと一気に体を沈ませ、二人の攻撃をしゃがみ込むようにすり抜けた。同時に左右の翼から新たな羽を数枚抜き放つと、背中の上で交錯する二人に対して、直上に向けて風の刃を放った。
「何の、そのぉぉぉ!」
タイサは、両手の盾を胸の前で合わせると、風の刃を一気に受け止める。
人を断つ程の刃は両盾に無数の傷を刻み込むが、すぐに霧散、タイサとエコーの髪をなびかせるだけに終わった。
タイサとエコーは攻撃を終えたアンドレアに向けて、騎兵槍と刺突剣で突きを放つも、アンドレアは隙を作らずに前転し、今度は地面に向けて風を放ち、その勢いで立ち上がる事に成功する。
「………誰よ、ただの人間だと言ったのは!」
アンドレアの脳裏に、世界で一番気に食わない女の笑みがよぎる。新生派に寝返ったとはいえ、あの女の声、男に媚びる唇や細い体が視線に入るだけで羽が逆立つ。
視線を横に向けると、ベリアルがシドリーに接近戦を仕掛けられている。魔王軍の中でも屈指の近接戦闘に才のある彼女と一対一で戦う程、末恐ろしいものはない。
当初は偽魔王を最優先で始末する予定だったが、気が付けば人間や魔王派の77柱達によって、味方の動きを完全に止められていた。
「………誰よ、人間と魔王派の連携の不備を突けと言ったのは」
今度は別の女の顔がよぎる。同志だが決して叶わぬ力量差。気が付けば盟主の一人を名乗っていた彼女が見せる傲慢な笑みは、いつになっても慣れないでいた。
だが、ここまできてアンドレアは引き下がる訳にはいかなかった。同情はしつつも、魔王派の違反行為についていけず、しかし新生派の圧力に屈した以上、自分達に選択肢は残されてはいなかったのである。
引くも地獄、行くも地獄。アンドレアは感情を押し殺す。さらに両翼から羽を解き放つと、それらに一気に魔力を通した。
狙うは唯一人。
三色に彩られた十数枚の羽が、一斉にタイサへと直撃する。赤、青、緑の爆発と衝撃波が暴発した花火のように次々と炸裂し、技を放ったアンドレアにまで石片や強風が襲い掛かる。
だが、タイサは両盾を前面に向け、その全てを受け止めていた。
右の大盾と肩当てを失い、破片やそれらを支えていた金属片が地面に次々と落ちていくが、持ち主自身に怪我らしき怪我は見られなかった。
「………本当に、最悪な日。朝の占い通り、お守りを持ってくれば良かったわ」
アンドレアは冗談を自分に言い聞かせ、つまらなそうに舌を打つ。
その時、東の城壁で空気を裂く大きな音と大きな土埃が空へと上がった。




