①開戦の音
明朝。
膝下に絹よりも薄い霧が立ち込め、中央広場に集まった人影の足の間を白いもやが流れるように撫でていた。
冬の近付くこの時期で珍しくもない現象だが、昼と朝夜の温度差がこれから死地に赴こうとする者達の皮膚を突き刺していく。エコーやボーマ、亜人のアモン達ですら、口を開ける度に漏れる息に色がついた。
「隊長、時間です」
タイサを横目で見るエコーの息が一際白くなる。
「………分かった」
タイサの声が低い。
それもそのはずで、タイサの顔の下半分は金属で覆われていた。タイサの声は口元の金属にぶつかり、何度も反響し、ようやく外へと出て行く。
「隊長………今更言うのも何ですが、その装備で動けるんですかい?」
呆れを通り越して、近くで立っていたボーマの乾いた笑いが寒い空気の中を通り抜ける。
タイサは身に着けていた魔王の鎧をそのままに、小柄な盾を肩当て代わりに両肩に乗せ、両腕にはいつものように騎士の盾を身につけ、上半身は関節すら覗けない程の重装甲を施していた。
さらに両手には黒の剣を封じた騎兵槍とシドリーと同じ白銀の斧が握られている。
頑丈だけが取り柄とはいえ、これだけの重量に膝が無事で済む訳がないのだが、さらにタイサの下半身は自らの太ももからつま先の形に合わせて薄い銀の装甲で覆っていた。
「俺一人では無理だな。立っているのがやっとだ」
「だったら何でそんな装備を―――」
ボーマが言い終わる前に、新品のメイド服に身を包んだシドリーが、顔を左右に動かしながら館から現れた。
「遅れて済まない。時間になってもバルバトスの姿が………いや、何でもない。今見つかった」
シドリーがタイサの下半身を見て頷き、腰に手を当てたまま溜め息をつく。
「姉さん………こんな時に何言ってるんすか。バルバトスの旦那は銀色、タイサのバルバトスは金………いだぁっ!」
シドリーを上目使いで見るボーマのいやらしい顔が、遅れてやってきたオセが通り過ぎ様に斧の側面と衝突した。
開戦の鐘の音としては、非常に汚い音だった。
「それ以上言ったら切り落とすぞ?」
「うひっ!」
オセの斧がボーマの鼻先と腹先を上から下へと通過する。斧が巻き込む風を肌に受けると、彼の体中に鳥肌が走った。
朝になり、ボーマはシドリーの事をそう呼ぶようになっていた。
理由は至極簡単で、ボーマが彼女との約束で、魔物の女性を紹介してもらっていたからである。
タイサは魔物の女性という時点で、期待しておらず、案の定紹介されたのが毛深く強靭な肉体をもつ猪の魔物、オークの女性達であった事から、全てを悟った程であった。
人間の女性からは悉く相手にされなかった彼だったが、一体何が起きたのか、ボーマは何十匹のオークに囲まれたのである。彼はまんざらではない顔立ちになり、ついにはその顔のまま、朝食前のタイサ達と合流したのである。
その事実に、エコーは何も反応せず、カエデは目の前に誰もいない姿勢を崩さなかった。
美的感覚とは、種によって異なるのである。タイサはそう学んだ。




