②記憶の矛盾
「隊長は、カエデちゃんがどうやって借金を返しているのか、知っていますか?」
エコーの手が止まっていた。
「定期的に、カエデが借金を返済しに行っていると聞いているが」
タイサは、彼女の様子の変化に戸惑いつつも、素直に答える。
「隊長自身は、借金取りと会った事は?」
「………ないなぁ。いや、流石に一回位は会っているんじゃないか?」
返済をし続けて、既に十年以上経過している。タイサは、手続きの殆どを妹に任せていたとはいえ、一度も会った事もないという事はないだろうと記憶を辿るが、全くと言っていい程思い出せなかった。
「隊長は、その記憶が本当に正しいと………言い切れますか?」
「エコー?」
いきなり何を言い出すのかとタイサが立ち上がろうとしたが、彼女の手がタイサの手首を掴む。
「隊長の頑丈な体は、いつ頃からですか?」
いきなりエコーの話が変わった。
だが、心なしか彼女の表情は苦しそうに見える。
ただの世間話ではない。タイサの心の中に不穏な何かが入っていった。
「………いつからか、というはっきりした記憶はないな。少なくとも自分の体の性質に確信をもったのは、冒険者に鳴りたての頃にゴブリンから毒の武器で斬られた時からだ」
その時は、余りの必死さで斬られた事すら自覚していなかったが、帰り道に自分が毒のついた武器で切られた事に初めて気付き、何事もなかった事で思い至った。
「………それ以前の事はどうですか? 風邪を引いたりしませんでしたか?」
「そりゃぁ、小さい頃は誰だって風邪を引いた事くらいあるだろうさ。俺だってガキの頃はお袋にすり下ろしてもらった果実を飲ませてもらった記憶くらい―――」
タイサの声が途端に小さくなり、ついには口が動かなくなる。
そして何かを考え始めた。
その理由をエコーが話し始める。
「隊長。隊長の体質が生まれつきならば、小さい頃であっても風邪を引くはずがありません………何かが矛盾していませんか?」
「いや………だが、しかし」
タイサは明確な答えに辿り着かなった。
自分の体質について思い出す事は、全て教会に住み始めてからの事ばかり。それよりも昔の事を思い出そうとすると、転んで膝を擦りむいたり、父親から拳骨を受けてこぶをつくったりと、どこにでもいるような子どもの記憶が呼び起こされていく。
―――小さい頃、体質によって助かった記憶が思い出せない。
「隊長。もう一度聞きますが、その記憶は本当に合っていますか?」
エコーの言葉が先程よりも遥かに、重くのしかかる。
タイサの心の中で不安が侵食していく。
「エコー。お前は何を知っている?」
気が付くとタイサは自分の額に手を乗せて、軽い頭痛に耐えていた。
エコーは残りの発煙材を丁寧に完成させると、彼女もタイサと同じように苦しみの表情を見せつつ、首を左右に振る。
「ここでは駄目です。隊長、申し訳ありませんが、夕食の後にお時間を頂けますか? カエデちゃんからも許可は得ています」
そこで全てを話すとタイサに告げる。
カエデは知っていた。
タイサはこの十年間で、初めて自分の妹が大きな隠し事をしていた事を知った。しかもそれが、他ならぬ自分自身に関する事だと、タイサの不安をさらに大きくさせていく。
「恐らく、明日の戦いの前に知っておいた方が良い事かと思います」
タイサ以上に事実を知っているエコーの目は、既に覚悟を決めていた。
「………分かった。副長、いやエコーの進言はいつも俺を助けてくれてきた。そのお前が知った方が良いというのならば、俺はその言葉を信じる事にしよう」
考えても答えが出る訳がない。それでもタイサは、愛すると決めた彼女を無条件で信じる事にした。
「ありがとうございます」
「いや。それにしても、俺はいつもエコーに迷惑ばかりかけているな」
彼女はタイサから手を離すと、無言のままタイサに抱きついた。
「済まない」
真実は分からない。タイサはそれでもエコーに感謝と申し訳なさを混ぜた言葉を呟いた。




