②不器用な男
「隊長。王国騎士団はこれからどうなるのでしょうか?」
素朴な疑問をエコーが尋ねる。
「正直な所、これだ、とまで具体的な予想は出来ないな。だが、権力に煩いイーチャウが、この事件を利用しない訳がない………奴の兄もそうだったが、救われない家系さ」
「イーチャウ騎士総長代理の兄………確か隊長の入団試験で、試験役を名乗り出た方でしたね」
既に十年も前の話である。
入団前のタイサはデルと共に、当時金竜騎士団の団長を務めていたイーチャウの兄と実戦形式での模擬戦を行い、結果として彼の兄は片目を負傷する大怪我を負った。
入団前の冒険者風情に騎士団長が負傷したとは言えず、いつしか騎士団内では刺客に襲われた、作戦で負傷したのだと様々な憶測が飛び交った。
そしてその後、蛮族との戦いで視界が狭くなった方向から偶然襲われ、戦死する。
「良く知ってるな」
噂程度には、と話し出した彼女の言葉に、タイサは頭を掻いて肯定も否定もしなかった。
「それが原因だろうな………俺の配属先が騎士団『盾』になったのは」
落ち零れや底辺と呼ばれた下位騎士団の中の最下位。騎士団長を傷付けたという実力をもちながらの配属命令となれば、そこに人の思惑がはたらいていると考えるのが普通であった。
だがエコーは、タイサの自虐的な言葉を聞いても笑う事なく目を細め、遠くを見つめる。
「ですが、その数年後に私は隊長と出会えました」
気が付けばタイサの腕にエコーの体が預けられていた。毛布一枚の厚みはあるが、彼女の体温が伝わってくるような錯覚をタイサは覚え始める。
タイサも彼女の行動を拒む事もなく、エコーの重みを支え続けた。
「隊長」
「ん、どうした」
気付けば、エコーは自分の顔をタイサの腕に擦る様に当てていた。
「私はずっと隊長についていきますから………絶対にです」
それはどちらに向けて放った言葉か。タイサは返す言葉に迷った。
「好きにしろ………そういう約束だったろ」
無難にアリアスの街で交わした約束を持ち出した。タイサとしては、吾ながら良い言葉と思っての返しであった。
「………不器用」
「悪かったな。そうだよ、俺は不器用なん………って寝たのか」
荷馬車の幌に体重を預け、さらにエコーはタイサの腕に顔をうずめるようにして寝息を立てていた。
タイサは小さく鼻で息を捨てると、彼女の長い髪を撫でる。戦いの中では団子状にまとめている髪だけに、最近では肩の下まで降ろしている彼女の姿を見る方が珍しくなっていた。
「いつも情けない男で………済まないな」
夜空を見上げ、タイサは交代までの一時間を静かに、しかし孤独を感じる事なく過ごした。




