④狼の覚悟
タイサは彼女の正論を受け止め、冷静に両手を動かして説明する。
「一見すると馬鹿馬鹿しい程の戦力差だが、全ての敵と同時に戦う訳じゃぁない。こちらが少数であればある程、敵と接する面積は減り、相手にとって戦える人数が限られていく」
一万という大軍を自由に操る事は難しい。タイサは大軍故の指揮系統の困難さを利用し、さらに相手よりも速く動ける利点を生かし、敵の中心部で暴れる作戦を立案した。
「目標は敵の司令塔のみ。魔王軍77柱を一人でも多く倒せるかが鍵になる」
偵察で敵の陣形から大よその司令部の位置が把握できるだろうと、タイサは地図の一点を指さす。その答えにシドリー達も否定をしなかった。
最後に彼女の質問に答える。
「敵が混乱した後、シドリーの力で仲間を全力で上空へと投げ飛ばす。そこをバードマン達が空中で掴み、洞窟がある方角へ撤退する。最後に残ったシドリーは、全力で跳び上がれば………まぁ、何とかなるだろう」
「………無茶苦茶だ。そんな作戦は聞いたこ事がない」
シドリーは大きな息を口から吐き出すと首を左右に振り、ついでに両手も広げながら背もたれに体を預けた。小柄な彼女だが、勢いが強かったのか、椅子は木の呻き声を鋭くあげる。
部屋は静かな空気に包まれていた。
相手の呼吸の音が隣から聞こえてくるかの様に、誰も音を上げなくなっていた。
だが誰かの言葉を待っている空気ではない。誰一人、目が泳いではいない。全員が全員、必死に打開策を考えようと考えにふけていた。
その事にタイサが気が付く。
そして、長く感じる数分が経過しても、状況は変わらなかった。
他に選択肢がないのである。
作戦と呼んで良いのか。結果として、タイサの作戦しか具体的な案が提示されなかった。
それでも全員が納得し、満場一致という案でもない。勝てるかどうか分からない、今までそんな戦い方をしてきた事がないというシドリーの煮え切らない表情、相変わらずだというエコー達の諦めと苦笑を混ぜた反応が両極端に存在していた。
「あぁ、もう止めだ止め! 我慢できねぇ」
アモンが部屋の空気を砕くように声を張り、耳の裏を乱暴にかき始める。
「何を辛気くせぇ空気を作ってやがる。葬式じゃぁねぇんだからよ?」
彼は壁に沿って立っていた体を起こして前に出ると周囲を一瞥し、天井からテーブルへと顔を上下させて声に波を付けた。
「だが、負ければ全てが終わるのだ。誰もがお前のように楽観的にはなれん」
シドリーが短絡的に発言するアモンを一喝した。やや感情的でもあったが、イベロス達はいつもの言い争いだと眉を上げ、冷ややかな目と溜息で二人のやり取りを交互に見つめていた。
だがアモンは司令官であるシドリーの言葉を、一笑に伏した。
「だが他に選択肢がないんだろう? だったらやるしかないんじゃねぇか」
それに、と付け加える。
「形はどうあれ、こいつを魔王様として担ぐんだ。命令には従わないと、示しがつかないんじゃないか?」




