①夜の静けさに戻り
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「隊長、起きてください」
そこにはエコーの顔があった。目を開けたタイサは、馬車に背中を預けている姿勢を思い出すと、視線を左右に運び、自分が暗い夜の中にいる事に安堵した。
「………エコーか。あぁ、済まない、目を瞑ってしまったようだ」
見張り失格だと自嘲し、自分がどのくらい寝ていたのかを尋ねると、彼女は大丈夫ですとタイサから顔を離す。
「精々、五分程度かと」
「五分………か」
タイサの記憶と随分と差があった。夢にしろ、あれだけ明瞭な夢を見ておいて、数分程度で収まっている事に若干の違和感を感じざるを得なかった。
だが所詮は夢である。タイサは深く気にしない事にした。
タイサはエコーにもう一度詫びると馬車から体を離し、胸を張り肩を後ろへと動かす。体の中で左右の肩甲骨が交互に音を響かせ、硬くなっていた体をほぐす。
「交代までまだ時間はあるだろう。もう少し寝ておいたらどうだ?」
月の角度から、まだ一時間近くは目を瞑る余裕がある。タイサは彼女に馬車へ戻るように勧めたが、エコーは困った顔をしながら左右の手を軽く開く。
「ボーマのいびきが大きくて、これ以上眠れません。もしお邪魔でなければ、近くで起きていても良ろしいですか?」
タイサは馬車の中で聞こえてくる大きな動物の鳴き声に耳を傾ける。草陰の虫が諦めるかのような騒音に、これ以上眠る様に伝える方が酷であった。
「分かった分かった。その代わり毛布を巻いておけ………ここで風邪を引かれても困る」
「了解です」
エコーは首から毛布を体に巻き付けると、タイサの傍に立った。
彼女の口から僅かに白い息が漏れ見える。
「こうやって二人でいるのは、あの集落依頼ですね」
珍しい武具を作り出す鍛冶職人、その集落で火を挟んで話し合った時の事をエコーは思い出す。
「気温は全くの逆だったがな」
あの時はイリーナが飛び込んできて散々な目に合ったと、タイサは思い出すように身を震わせた。
言い終えるとタイサは一瞬動きを止め、慌てて左右の茂みを警戒する。
「誰もいないようです」
口元に手を置きながら笑うエコーが、代わりに報告する。
「今頃、デルは上手くやっているだろうか」
ブレイダスで別れてまだ一日。王都に到着するにはまだまだ時間が必要だが、着いた頃には王都に様々な情報が入り混じり、大混乱に陥っているだろうと、タイサは予測していた。
魔王軍の存在、王国騎士団の惨敗、ゲンテとブレイダスの街の放棄、騎士総長の戦死等、王国を驚かせる情報に事欠かなかった。
王都に戻らなければならない敗残の将となった親友を想い、タイサは夜の空を見上げた。




