⑨虚構も吹けば事実となる
「………嘘だ」
ただ一人、フルフルだけが膝を曲げず、首を左右に振っていた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ! そんな都合の良い話があるものか! 魔王様が、お前達の側についたなどと、信じる訳にはいかない!」
彼女の言葉は半分が事実であった。
「………余の命には従わぬと?」
タイサは目を細め、彼女の目、そしてその奥を突くように睨みつける。底辺と呼ばれた騎士団に配属された騎士達の素質を見極めてきた目、そして歴戦の元騎士団長として部下を率い、戦ってきたからこそできる眼光を鋭く放つ。
「………くっ。認めない……ここで認めたら、私にはもう居場所はなくなるんだ!」
フルフルはタイサの眼力と黒い剣が発する恐怖心とを見分ける事すらできず、無意識に近い形で後ずさりしながら、自分の身の処し方に戸惑いを見せていた。
「認める訳には、いかないんだぁぁぁぁっ!」
彼女は拳を握り、大声を上げながら自分の足元に魔力を解放。円形の魔方陣を描き始めた。
「出でよ! 我が眷属よ!」
魔方陣の完成と共に、地面の底から灰色の体をもつ巨大な悪魔が召喚される。頭は角の生えた山羊、上半身は人間のような筋肉が隆起し、下半身は馬のような細くも鋭い足をもつ。大通りと同じ幅の翼と長い尾をもつ悪魔が、タイサの前に現れた。
フルフルはその悪魔の肩に飛び乗り、周囲の屋根よりも高い場所からタイサを指さす。
「今更魔王様が復活されても困るのよ! 私のグレーターデー………モンで……」
フルフルが言い終える前、召喚された悪魔は縦に裂かれていた。
タイサが剣を振るい、地面に黒い血の弧を描いている。
「そんな………一撃で」
召喚された悪魔は雄叫びすら発する権利も与えられず、左右にずれた瞬間、黒い霧となって霧散した。
眷属を失い、フルフルが地面へと落下する。
タイサは無言のまま大穴を飛び越えると、魔方陣に剣を突き立てた。魔力で描いた陣もまた黒い霧と化し、先程の黒と共に剣に吸収されていく。
「フルフルと言ったな」
タイサがフルフルを見降ろしながら、地面の底から震える声で言葉を紡ぐ。
「余に従わぬというならばそれでも良い。今すぐここから立ち去り、貴様と同調する愚かな者達に余の存在を伝えよ。そして、身の処し方を考えるがよい」
「………くっ」
フルフルは下唇を噛みながら方向を変え、東へと逃げていった。




