⑦黒の剣、再び
「………人間? 蛮族の貴様がか?」
「いやぁ。余りにも酷い声が耳元でキャンキャン騒ぐものだからな。耳障り過ぎて、思わず石を投げてしまった、スマンな。許してくれぃ」
まるで肩がぶつかった程度の謝り方で、タイサは顔の前で手を立てて見せた。
「死ね」
「解放」
一瞬にして不愉快な表情に変移したフルフルが、顔と同じくらいの大きさの放電した球体をタイサに投げ放つ。同時に、タイサは持っていた騎兵槍から、一本の黒い剣を引き抜いた。
世界が黒い剣を中心に、白と黒の二色のみとなる。あらゆる事象が、コマ送りのように遅くなり、あらゆる生物を委縮させる恐怖が等しく配られる。
タイサは迫る雷球を、黒の剣で軽く縦に振り、造作もなく両断した。
二等分された雷球は、タイサの両側面で黒い霧と化して霧散し、剣に吸い込まれていく。
そして世界の色が戻る。
ここにいる全員が、今目の前で起きた事を理解できなかった。
「………ふふふ」
シドリーが最初に小さく笑う。
彼女は放電によって焦げた体のまま肩を震わせ、汚れた顔でタイサを見上げた。そしてタイサが小さく頷く顔を見るや、安堵に近い表情で確信する。
「フルフル………お前の言う『幼馴染』として、最期に教えてやろう」
「シドっち!?」
まだ理解が追い付いていないフルフルが、今にも力尽きそうな彼女に慌てて顔を向けた。
「今貴様が、蛮族だと罵った人間は、我々が二百年追い求めてきた御方だ。貴様がどんなに逆立ちしても敵う訳がない。それどころか………殺されるぞ?」
シドリーは精一杯の脅し文句を一列に並べる。
二百年。その言葉に、フルフルはある名称を思い浮かべる。
「………シドっちは、あれが魔王様だというの!?」
「あらゆる光を吸い込む黒き剣を持った人間。それ以外の表現に、何があるという………のだ」
シドリーはその場で倒れ、気を失った。
「………そんな、あり得ない」
フルフルはタイサに相対し、眉を潜ませたまま睨みつけた。
「試してみるか?」
タイサは黒い剣を自分の前の地面に突き立て、両手を柄の上に置く。
その時、タイサは自分の鎧が黒くなっていた事に気が付いた。市販された鉄鎧の様な褪せた銀色から、この鎧を初めて目にした時のような、光の反射を許さない純粋な黒へと変わっていた。
加えて、これまで逃げ出す程に振動していた剣が、全く振動せず、むしろタイサの手に吸い付くように馴染んでいた。剣の重さは殆ど感じられず、まるで木の枝を握っている感覚に近かった。
何かが変わったのだろう。タイサはそれ以上考えないようにした。




