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タイサがゆっくりと目を開けると、いつの間にか周囲は炎に包まれていた。
慌てて体を預けていた馬車から離れようとしたが、肝心の馬車がどこにも見当たらない。
それどころか、タイサは見知らぬ街中に立っていた。
木造の建物が左右に並ぶ長い坂、その多くの家々の扉や窓から炎が湧き上がっている。家の多くは食堂や酒場、宿屋などの商店が並ぶ宿場町だった。
そして坂の上には子ども達が通う学び舎の建物が見える。炎はそこまで回っておらず、街の住民らしき人々は、一様にそこへと向かっていた。
坂道の左右に並ぶ商店や宿、その上にある学校。タイサは、どこかで似たような景色を見た事があった。
だが声が出ない。
タイサは今になって、自分が熱さを全く感じていない事に気が付き、火傷一つない手の平を見つめた。
その時、彼の横目に何かが宿の中に飛び込む姿が入る。
年は二十歳前後か。首が見える程度の短い黒髪の青年が宿の中に入り、誰かを探すように走り回り何かを叫んでいた。男の服装は半袖と長いズボンの軽装であったが、上下どちらの服も、タイサは見た事のない生地や造りであった。
青年は宿の中に、目的の物が見当たらなかったのか、食堂の裏口から庭へと向かっていった。
タイサが彼を追いかける。
すると裏庭では、褐色の肌をした少女が、騎士風の男達に片腕を掴まれていた。
騎士の様な姿をした男達は二人。一人が少女の片腕を持ち上げて自由を奪い、もう一人がそれを見て下品な笑いを喉から震わせていた。少女の大きく開けた口から出るはずの悲鳴も、それを笑う騎士からも声が出されていなかったが、どういう状況かはタイサにも想像できた。
対峙する青年が怒りの様相で何かを叫び、腰の剣を引き抜く。剣はどこの店でも扱っているような安物で、剣の持ち方も素人同然であった。
案の定、青年は騎士風の男達によって持っていた剣を弾かれ、足の裏で腹部を蹴られて吹き飛ばされる。青年は蹴られた腹を抱えて左右に転がり、激しい痛みに襲われていた。
それを見た少女はさらに叫び、片腕を青年へと伸ばし、必死に彼に触れようと手を伸ばし続けている。
だが騎士風の男が少女を引き、その都度青年から故意に引き離していた。
少女を捕まえている男は笑い、もう一人の男が剣を抜き、青年へと近付いていく。
対する青年も、ようやく痛みに耐え抜き、震える膝のままゆっくりと立ち上がった。
彼の目はまだ死んではいなかった。
タイサはいつの間にか目の前の光景の行く末を黙って見ていた。




