②奇策
「無駄だ! 小さな鉄球一発如きではっ………何っ!?」
タネガシマからは鉄球が複数発放たれていた。それぞれが異なる力を受けた三発の弾丸は、軌道が徐々にずれ始め、一直線上に三発ではなく、時差を付けた三本の攻撃へと変化していた。
シドリーは両手の斧で容易く振り払うが、すぐに追加の鉄球が目の前まで迫っていた。
「面倒なっ!」
大きな武器では素早く振る事が出来ず、彼女の魔法障壁が音を立てて数枚破られる。
司令官が捌き切れない攻撃を間近で見た魔物達から、歓声が漏れた。
「ほほぅ、土壇場でも上手くいくものだな」
距離を保ったまま、タイサは放った二本のタネガシマの銃口に、鉄球をいくつも埋め込んだ。
「タイサ………一発一球のタネガシマに、同時に複数の鉄球を装填すれば、間違いなく暴発するぞ」
「だが、暴発しても俺には対して効果はない」
そう言い切った。
それは最強の理由であり、使い方でもあった。
暴発すれば、使用者は目の前で無数の破片に襲われ、下手をすれば致命傷となる。だが、事に至ってタイサにはその心配をする必要がない。使えなくなった武器は捨てればいい、その程度の考えである。
「自分の体質をそこまで利用するとは。まったく、予想もしない使い方をする………本当に恐ろしい奴だ」
シドリーは破損した魔法障壁を張り直す。タイサも両手に持ったタネガシマを腰に戻すと、地面に刺さった騎兵槍を再び手に取った。
「いくぞ!」
シドリーが右足で地面を踏み込む。その尋常ならざる脚力は石畳を削り、破片を後方へと撒き散らす。そして、それらが地面に落ちる前に、彼女はタイサの前で白銀の斧を振り上げていた。
対するタイサも両盾を頭上で構え、左右の一撃を受け止める。騎士の盾は上層の一枚目を叩き割り二枚目の盾に食い込む。
タイサの足下の石畳が悲鳴を上げながら踵を中心に、同心円上に無数の亀裂が外側へと入っていく。
「くそっ、相変わらずの馬鹿力だ」
「…………さぁ、どこまで耐えられるかな」
シドリーが地面に足をつけると、そのまま両足を広げて踏ん張り、タイサを地面に向けて押し付けた。
タイサの踵が沈み始める。
両腕は震え、同じ姿勢を保つだけで手一杯だった。
「こん畜生ぃ!」
タイサは余力のある内に故意に体勢を崩し、右膝を地面につける。
その動作から、シドリーも食い込んだ斧ごと体が傾けられ、タイサを押し付けてきた力が一気に弱まった。それを見逃さず、タイサは伸びていた左足で彼女の足下を払い、その両足を地面から浮かせる。
人は不意に体勢を崩した時、咄嗟に掴めるものを握ろうとする。
それは魔物といえども同じであった。シドリーは、両手から離れそうになった斧をとっさに握ってしまった。
だが、その斧はタイサの腕に巻かれた盾に食い込んだままだった。
「その力の強さが命取りだ!」
「………しまった!」
タイサは斧を握ったまま転倒したシドリーのタイミングに合わせて地面を蹴り、倒れ込む彼女を地面と挟み込むように上を抑えた。
そして両手のランスを左右に捨てる。さらに彼女が地面に背中を付け、タイサが地面へと着地する前に、破損した両盾も腕から外して自由を獲得する。
身軽になったタイサが、左右の腰に下げているタネガシマを手に取った。




