⑥報告
「カエデ、ありがとう」
オセが席を立ち、タイサの後ろを抜けてカエデへと歩み寄る。
そして手を伸ばした。
「人間を蛮族呼ばわりする事はもうしないよ。カエデは言葉下手な俺の代わりに、言いたい事を全部言ってくれた。姉さんが死ななくて済んだのは、カエデのお陰だ」
「………オセ。うん、いいの。気にしないで。私の方こそ口を挟んでごめんね」
カエデも立ち上がり、オセの手を両手で取った。
そしてオセは、タイサにも目を向ける。
「姉さんは強いぞ。77柱の中でも十本の中に入る実力者だ」
「ああ、一度戦って死にかけたからな。それはもう全身に刻まれているよ」
タイサもオセの目を覗き込むように視線を合わせる。
そしてオセの方から目を瞑ると、口元を緩めながら踵を返した。
「お前達は実に面白いな………二百年前の俺達の関係も、こんな形だったのかもしれねぇな」
まだ一人。バードマンのフォルカルが席を立っていなかった。彼は両手よりも長い羽を左右に伸ばしたまま手を叩き、タイサ達を称賛していた。
「一番安心しているのは、実はアモンの奴なんだよ」
「………そうなのか?」
タイサが自然に聞き返すと、フォルカルはゴーグルをかけたまま意地悪く口元を緩める。
「うちの司令官とアイツは幼馴染でね。家は隣同士、小さい頃から魔王軍に入るって粋がっていたらしいからな。それが、いつの間にか実力が離れていって、今じゃぁ司令官と幹部の関係になっちまった」
「そ、それで!?」
「お、気になるかい?」
エコーがテーブルに乗り出し、目を輝かせている。
フォルカルはエコーの食いつきに答えるように、両手を開いて話し続ける。
「あいつはいつか司令官よりも強くなったら………おっと風が変わったな。これ以上はアイツの耳に入りそうだ、退散する事にしよう」
フォルカルは茶色い羽を一度羽ばたかせると、テーブルを超えてタイサの横に着地する。
そして肩を軽く叩いた。
「頼むぜ、魔王様」
声高に笑いながらフォルカルも立ち去っていった。
部屋の中は人間だけになった。いや、部屋の隅では金色の獅子ブエルが残っていたが、いつの間にか寝息を立てている。
「隊長」
エコーがタイサに近付く。昨晩は散々に打ち合わせていたが、それでも実際に事が進むと、彼女は不安の色を隠せずにいた。
「いいんだ、エコー。俺はもう覚悟を決めているよ」
目を細めてタイサはエコーの頭を撫でる。
「………兄貴?」
カエデは二人の関係が今までと、どっか違う事に気付く。
「ああ、カエデちゃんだけか。知らないのは」
ボーマが仕方がないと、生えてもいない髭を擦るように弛んだ顎を撫でると、タイサの顔を一瞥してから口を小さく開いた。
「二人はね、大人の関係になったんだよ」
「おぃ、コラ」
「………っ!?」
カエデは眉を大きく上げて背筋を伸ばすと、油の切れたドアのようにエコーの顔を見る。
「エコーさん………本当?」
カエデの目が潤む。
「まぁ、そんな所かしらねぇ」
「おい、エコーまで」
エコーは恥ずかしながらも頬に手を当てて、カエデの問いに正面から答えた。
瞬間、カエデはエコーに飛び込んだ。
「おめでとうございます! うちの馬鹿兄貴をずっと待っていてくれて!」
「あ、あれ………カエデちゃん?」
予想外の反応に、ボーマは首を傾げながら一人取り残される。
だがそんなボーマの腕を掴む男がいた。
「ボーマ、ちょっと装備を選ぶのを手伝ってくれるか? なぁに、ちょっと試し切りの相手が欲しかったんだ」
タイサだった。
「た、隊長? いや、これは不発という事で見逃してくれませんかね………あ、その顔は駄目な奴ですね。はい分かりました、諦めますんで堪忍してください」
タイサはボーマを連れて部屋を出ていった。




