③兄弟の反論
「ちょっと、いいですか?」
手を上げたのはカエデだった。
二人の言い争いに気を遣う事なく、カエデは二人の表情を睨むように牽制する。普段はそういった表情を使わない彼女だったが、まるで自分事のような真剣な顔に、兄であるタイサですら思わず息を飲んでいた。
「シドリーさん。私にも、そこに兄貴がいます。もしも同じように、兄貴がそんな発言をしたら、殴ってでも止めます」
「………それは人間の発想だ。我々には」
「いいえ、同じです」
カエデはシドリーの言葉を許さなかった。
「捕まっていた間、たったの一日と少しですが、皆さんは私達人間と殆ど変わらない心を持っています。社会構造や考え方に対して厳格な教えを守っているだけで、心は私達と同じなんです」
にもかかわらず、姉の死が妹にとって関係ないものとして割り切れというのか。カエデは勢いよく立ち上がった。
イベロスが両手を前に出し、感情的になったカエデを落ち着かせようと声を掛ける。
「カエデさん、この件は我々も十分に話し合ったのです。勿論我々も二人の関係についても問いかけました。ですが、司令官の意思は固く………」
「それでは意味がありません!」
カエデの声の大きさに、イベロスの赤い目が大きくなる。
「………すみません。でも、この問題はオセさんと二人で話すべき問題です。何故、それを後回しにしたのですか?」
「それは………」
シドリーがカエデを見上げるように口を開けたが、すぐに答えが出ず、口が閉じられる。
「言い出せない。その気持ちこそ、妹を大切にしたいという想いじゃないんですか?」
彼女は何も言い返せなかった。
この場にいる全員が、カエデに逆らえない。そんな空気が出来上がる。
「だが、他に方法がないならば仕方あるまい」
「………方法ならあります」
なけなしのシドリーの言葉を一蹴するように、タイサが声を発すると、全員の視線が一斉に集まった。
タイサはカエデとオセに今一度座るように声をかけ、空気を切り替えてから指を組んで話を始める。
「妹が失礼しました。ですが、シドリー司令官、仮にあなたが黒い霧となって魔力が剣に充填されたとして、今よりも状況が良くなるのですか?」
むしろ貴重な戦力が減り、未来はともかく、目先の話では不利以外の何物でもない。
シドリーは肯定も否定もしなかったが、無言を返した事がタイサにとって反論できない事実と認識する。
「根本的な話に戻りましょう。貴方がた魔王派は、新生派の暴挙を止めたい。王国との交渉が望めないのであれば、魔王の力をもってこれを抑えたい。そうですよね?」
「………そうだ。だからこそ魔王様が封じられている黒の剣が必要なのだ」
―――魔王。
その言葉にタイサは質問を繰り返す。
「ちなみに、魔王の具体的な姿というものは伝わっていますか?」
シドリーはイベロスと目を合わせたが、彼は首を左右に振って答える。
「いや、具体的な絵等は残っていない。魔王様は自分が神格化される事を嫌っておられたらしく、銅像や絵画の類も一切禁止していた程だ。今では具体的に、そのお姿を語れる者はいないだろう」
予想通りだとタイサは頷く。つまり、魔王の正体は人間である事以外は、空想の域を出ないという結論に至る。
タイサの中で、語るべき筋道が完成する。
「簡単な話です。魔王が確実に復活するか分からない以上、我々の手で魔王をつくってしまいましょう」
タイサの提案に、全員が一瞬で凍り付いた。




