①その夜
貴族の館、
二階のテラスで、タイサは手すりを背中に、夜空に浮かぶ二つの月光を背中で浴びていた。
街の明かりもテラスに来た時と比べれば随分と数を減らし、より夜空の星と月の輝きを強く感じられる。
暗闇に白い煙が解き放たれた。
ここに来て何度目かと、タイサは自分の口から出ていくものが霧散するまでの間を目で追いかける。
「隊長、まだこちらにいらしたのですか?」
エコーが驚きながらテラスに入って来た。彼女は一吹の風で両肩を抱くと、部屋の中にあったコートを取りに戻った。
そして再びテラスに入り、持ってきた二着の内の一方をタイサに手渡す。
「私の分はあるので、きちんと着て下さい。夜は冷えますから」
「はいはい」
タイサは受け取ったコートに腕を通すと、エコーは満足そうに頷いてから自分の分を急いで身につける。そして下ろした髪をコートの中から両手でかき出すと前のボタンを上から閉めた。
「………隊長、ボタンも付けて下さい」
「いや、そこまでしなくても」
「ダメです」
言っても仕方がないと彼女はタイサの前に立ち、上からボタンを止めていく。
「まったく。おいくつになったんですか? 子どもじゃないんですよ?」
「今年で、めでたく三十だよ。ま、好きでなった訳じゃぁないがな」
「そう言い返している間は、まだまだ子どもですよ。もっと年相応にあった振る舞いをお願いします」
全てのボタンが閉め終わり、エコーはタイサのコートを軽く叩いた。
「………まだ考えていたのですか?」
「ああ」
タイサは目を閉じ、自嘲気味に肯定する。
―――黒の剣には魔王が封印されている。
昼の会談でシドリーが放った一言は、周囲を大いに驚かせたが、使っている本人からすれば『やはり何かあったか』と納得しつつの驚きであった。
彼女は魔王が封じられている剣を持ち帰り、魔王の復活によって国家をにまとめ直そうという計画もあったとタイサ達に伝えた。
「そもそも、彼女達の話は本当なのでしょうか? 本当の話であっても、疑問は多く残っています。単純な話であれば、隊長から脅威となる武器を取り上げようとしているだけではありませんか?」
まずはそこから疑うべき。エコーは副長として視野を広げた意見をタイサに投げかける。
「嘘を言っている様には見えない………だけじゃダメだろうな」
「さすがに」
エコーは困った顔で口元を緩めた。
「考えがまとまっていない所があるが―――」
頭の中だけで考えても仕方がない。タイサは口に出す事で、また他者の意見を聞く事で状況を整理しようと試みる。
「もちろんです。私は隊長の副長なのですから」
エコーはタイサの横に立ち、同じようにテラスの手すりに体を預けて夜空を眺め始めた。




