①経験者は多くを語らない
門を潜ると、そこはタイサ達にとって知っている街であり、知らない世界でもあった。
商売こそ行われていないが、馬停めに使われていた広場は物資の集積場として利用され、大きさの規格が揃った木箱や樽が見事に整頓されている。そこに複数のゴブリンが担当として立ち、方々から来たオークやゴブリン達から紙を受けとると、それを読み上げ、力のあるオークが積み荷を運んでいた。
「隊長、今でも信じられませんぜ。蛮………いえ、魔物達が普通に生活してますよ」
荷馬車の中でボーマが後ろから見える光景に唸っている。
今馬車を動かしているのは彼ではない。魔王軍が駐留する街に入るにあたり、周囲から無用の誤解を避ける為に、司令官のシドリーが門を守っていたオークに馬車の手綱を握らせていた。
その司令官が、ボーマの言葉を拾う。
「我々にとっては別段、不思議な話ではない。むしろ我が国に行けば、もっと大きな街や高い建物を見る事になる」
同じ馬車の中、タイサの向かいに座るシドリーが、誇るよう口元を緩めた。
「………本当に俺達は何も知らなかったんっすね」
素直にボーマが街を見ながら溜息をつく。
「シドリー司令官」
タイサは彼女をそう呼んだ。
決して戦いに来た訳ではない、それ故にタイサは相手に礼儀を尽くす事に気を遣った。
タイサは彼女の視線が自分に向いてから、言葉を選び、話を続ける。
「我々は、あなた方と二百年もの間、交流がない。司令官の話の中で、その辺りも補足してもらえると有難いのですが」
シドリーはタイサの要望に頷した。
「分かっている。それと今日はここに泊まっていくと良い。必要なものがあれば、可能な限り揃えよう」
「感謝します」
タイサは小さく頭を下げた。交流がないとはいえ、大まかな礼儀についてはさほど差がないのだろうと理解した。
だが、問題は未だ山積みである。
タイサは自分の左右に座る二人の女性にそれぞれ目を向けた。2人共、頬を膨らませながら中心のタイサに寄りかかり、一言も発する事なく口を尖らせている。
二人がその表情となった原因は、それぞれ別であった。
何とかしなければとタイサは顎に手を置いて考え、思い付いた言葉を発してみようと口を開けた。
「隊長、とりあえず何も言わない方が良いですぜ」
突然、ボーマの真面目な声に止められる。
「こういう時は、何も言わないという選択肢も必要です。ここで思い付いた事を無理矢理言って失敗する事の多い事、多い事」
眉を潜めたボーマが顔を左右に振ると、頬が遅れて左右に揺れる。
「そういうものなのか………」
失敗、という言葉に敏感に反応したタイサは、喉元を過ぎようとしていた言葉を強く飲み込んだ。
「そういうものです。こいつぁ、経験に基づいた事実ですよ。たまにはモテない男の助言も聞いてみたらどうですか?」
人差し指を立て、ボーマは目を細める。最後は若干冗談めいた終わり方だったが、この世の理に近い強い説得力が何故かあった。
タイサはボーマの助言に従い、二人に何も言わない事を選んだ。




