④法と秩序の国
シドリーは、僅かに視線をずらしてから顎に手を充てると何かに気付き、すぐに視線を戻した。
「どうやら私の説明が極端すぎたようだ。確かに、カエデの言うように、我が国にもそういう者達は確かにいる」
だが、と続ける。
「幼くとも年相応に勉学に励み、己を鍛える事はできる。体が弱くとも、単純な作業や物を作る事はできるだろう?」
何もしない者は国家の寄生虫であり、追放の対象となる。しかし老人は、その年になるまで義務を果たした者達である。故に彼らは周囲の尊敬の対象であり、最後の数年間を一等市民として遇され、国の保護と補償の下、余生を過ごす事が法によって認められているとシドリーが説明した。
「故に三等市民であっても、誰もが最後まで生き抜こうと努力する。故に恥ずべき四等市民にはなるまいと努力する」
四等市民になったが最後。助けても無駄な存在と評され、しかし自分で解決する為の能力も知識も技能も、それどころか意思すらない。
故に、彼らの選択肢は野たれ死ぬか誰かから奪うしか思いつかないのである。
「そういった者達やその子孫達が、人間達が蛮族と呼んでいる者達の正体だ。種としては同じだが、同一視されては困るし、恐らくほぼ全員が侮辱されたと感じるだろう。気を付けた方がいい」
シドリーは視線を窓の外に向け、それ以上語ろうとはしなかった。
ただカエデにとっては、想像している以上に魔物達の国が文明的であり、法によって統治をしている事が分かり、余計に戸惑う事となった。
他愛もない話から、訪れた騎士ついて尋ねようとしたが、思いの外難しい話になり、彼女は聞く機会を逸してしまった。
眉を動かし、カエデは口をまごめる。
そこに、体を汚してきたオセが戻ってきた。
「いやぁ、スゲェ、スゲェ!」
興奮冷めきれず、白黒のメイド服を土と木屑で汚したままの彼女が目を輝かせている。
「オセ。まずは汚れた服と毛並みを整え―――」
「姉さん、聞いてくれよ! あの騎士…………あぁ、はい。今すぐ直します」
シドリーの手の上の空間から半分程出された白銀の斧の柄を見たオセは、顔を引きつかせたまま背筋を伸ばすと、服の汚れを手際よく落とし、頭についていた木屑を払った。
シドリーの斧が空間に戻されていく。
「それで………何が凄いというの?」
足を組み、シドリーが取り敢えず話を聞こうとした。
オセは思い出したかのように手を叩き、尻尾を立たせると、聞いてくれよとまた最初に戻る。
「ほら、街の外に現れたっていう騎士の事だよ!」
もはや殴られた理由も忘れているらしく、平然とカエデの前で両手を広げて騎士の話題を持ち出す。シドリーは再び呆れていたが、これ見よがしに大きな息を吐くだけで留まっていた。
「今、アモンの奴が相手をしているけど、これがまたまた! 互角で良い勝負をしているのさ!」
両手で拳をつくり、激しい戦いを演じるオセだったが、お世辞にも二人に上手く伝わる程の具体性はなかった。




