②普通の姉妹
窓の外がやや騒がしくなってきた。
その事に気付いたカエデは、窓から外の大通りを見下ろした。
蛮族達が何やら声を掛け合い、せわしなく動いている。何匹かは武器を持ち、街の外に繋がる門へと指さし、そして向かっていった。
「………何かあったのかな」
ここからでは何も分からない。カエデは仕方なく窓から離れると、朝食を食べた一階まで降りる事を決める。
魔王軍の司令官であるシドリーと交わした約束は、この家から出ない事。カエデは部屋を出ると、念の為と左右を確認し、さらにオセの部屋から少し離れるように廊下を渡り、手すりを使って慎重に階段を降りた。
一階に下りる前から声が聞こえてくる。一つ一つ声が無駄な元気を主張している事から、シドリーの妹のオセだと分かる。
「マジかよ! たった一人で来たのか!」
ヒョウ柄の毛並みのオセが興奮していた。彼女はオークから何か情報を受け、自分も早く見に行きたいと足踏みし、そわそわと体を上下に揺らしている。
「オセ。落ち着きなさい」
妹の情けない姿に額を押さえる白い毛並みの猫亜人。魔王軍の司令官を名乗るシドリーが椅子に座ったまま、オセに声をかけた。
シドリーが階段上にいるカエデの姿に気が付く。カエデも彼女の視線に気付き、先に口を開けた。
「あの、何かあったのですか?」
「何でもありませ―――」「おお! カエデ、聞いてくれよ! 今街の外に姉さんと戦ったっていう騎士が、単身で殴り込んで来たんだってよ!」
話さずにはいられなかった。
オセが興奮冷めきれない姿の横で、シドリーが無言のまま俯き、顔を手で覆っている。
カエデは色々と察した。
「いやぁ、この魔王軍にたった一人で喧嘩を売りに来るなんて………いいなぁ、俺も見に行きたいぜ。よっぽどの馬鹿か、腕に自信がある………んぎゃぁぁぁ!」
オセはシドリーがいつの間にか握っていた白銀の斧の横腹で殴られ、この家の壁だけでなく隣三軒の家に大穴を開けながら街の隅まで飛んでいった。
「我が妹ながら………恥ずかしい」
白銀の斧を水面のように揺れる空間にしまい込み、シドリーは改めてカエデに顔を向ける。
「済まない。変な物を見せてしまった」
「あ、いえ………大丈夫です。うちも似たようなものなんで………見慣れているというか」
カエデは真横に空いた巨大な穴を覗き込んだ。
「あの、妹さんは………」
「心配ない。情けない話だが、こちらもいつもの事だ」
朝食で使った椅子に腰かけたままのシドリーは、軽く手を振って息を漏らす。
「もう少し77柱としての自覚を………あぁ、貴方には関係の話だった。忘れてくれ」
シドリーの口が閉じられたが、しばらくすると遠くを見つめるようになり、再び溜め息を漏らしていた。
姿こそ猫に近いが、話し方も悩みの種も、人間の姉妹と大差ない事に、カエデは酷く悩まされていた。




