①妹の秘密
初めて見た時は十歳の時だった。
薄気味悪く、小さい頃のカエデは涙目で逃げたが、気が付けばそれはずっと彼女の後ろにあった。
かと言って、何か悪さをする訳でもなかった。カエデには、それの目的が全く分からなかった。
ある時、家の棚に足をぶつけた際、他のあの上に隠していた袋が落下した。彼女はそれを咄嗟に掴んだが、一枚の金貨が床に零れてしまった。
そして、それが金貨を呑み込んだ事から、全てが始まった。
それは、自分の体を床に残す様に這っていき、『2999』という四桁の数字を描いたのである。
その一つ前は『3000』。金貨を飲み込んだ後に出てきた数字は、借金と同じ額だった。
以来、カエデは密かに黒い液体が現れる度にお金を落としていった。彼女の家には、家族の病を直す為に支払った借金があったが、カエデは両親が亡くなる前にも、後にも、借金を取り立てに来た人間が一度も来ていない事を不思議に思っていた。
いつしか、彼女はこの黒い液体こそが『借金取り』なのだという結論に辿り着く。
―――896。
昨日に続き、カエデの前で黒い液体が三桁の数字を床に刻む。
黒い液体は彼女に数字を見せると、いつも通り霧となり、床の隙間に吸い込まれるように消えていった。
部屋の空気が元に戻る。
カエデは大きく息を吸い、そして床に向かって吐き出した。
「どうしよう………もう持ち合わせが」
思い出したかのようにカエデは自分の体をまさぐり、手持ちの金貨を探し始めたが、何もない。
前回の分と合わせて、靴の踵の裏に隠していた金貨を使い終えている。残っているのは、胸当ての裏側に忍ばせた数枚の金貨のみだが、武器防具の類は、捕らわれた際に全て没収されていた。
「数日中に、また来るかも………」
カエデは、黒い液体が現れる間隔が、与える金貨の枚数によって変化する事を学んでいる。大量に入れれば、一か月先まで現れない事もあったが、銅貨や銀貨の場合、翌日や半日後に再び現れる事が多かった。
「何とかお金を手に入れないと」
黒い液体と関係をもって、十年が経過しようとしていた。
この事実を知っているのは、カエデと現場を見てしまったフォースィの二人だけである。泣きじゃくるカエデから説明を受けたフォースィは事情を理解し、以来、借金の支払いに少なからず協力してくれている。
だが、この数字が『0』を示した時、何が起きるのか。当のカエデすら想像もつかないでいた。借金の数字ならば、『それで終わり』になって欲しい。そう思いつつ、定期的に金貨を落としてきた。
兄であるタイサは、この事を知らない。
知らせてはいけない理由があった。




