①作られた王
世の中には知らない方が良い事というものが確かにある。知りすぎた者がどのような末路を迎えるのかも、タイサ達はそれなりに経験し、理解してきたつもりだった。
だが、今聞かされている話は到底理解できるものではなかった。
目の前の男は誰なのか、それすらタイサ達には分からなかった。会議室に座る魔王派のシドリーでさえ、額に指を当て、頭痛に悩まされながら必死に理解しようとしている。
「つまり、貴方は魔王様ではないという事ですか?」
僅かに理解した部分を繋ぎ合わせたシドリーが聞き返した。
黒き翼のケリケラ、そしてシドリーの始祖にあたるというコルティを左右に並べ、会議室の上座で足を組みながら膝の上で指を組む銀髪の男は、彼女の問いに対して、首を縦にも横にも動かさなかった。
「正確には、お前達が信奉している魔王ではない魔王という事になる」
そこが良く分からない。一体どう違うのかと、タイサは腕を組み、これまで聞かされてきた話を戻す。
「つまり、二百年前にウィンフォス王国が喧伝した魔王は、貴方ではないという事か」
「そうだ」
では一体、タイサ達の前にいる堂々と座り、禍々しい空気を放つ存在は何かという話になる。
銀髪の男は自身を『魔王に作られた魔王』だと答えた。ウィンフォス王国によって魔王として担がれた青年は、その特殊な力によって自分自身から別の魔王を生み出したのだという。
人知という枠の話ではなかった。
「お前達が魔王と呼ぶ者は、周囲に対して魔王を演じる際、余のような存在が『あるべき魔王』だと意識していた。その思いが次第に強くなり、ある時、余はこの世に血肉を受ける事になった」
そして全てが終わった時、目の前の男は黒の剣に封じられた。
「別に仲違いをした訳ではない。魔王のような存在は、平和な世の中では必ず疎まれる存在となる。それでもいつの日か、再び余の様な存在が必要になる時がくる。友と話し合った結果、余は剣に存在を隠し、人間と魔物のそれぞれに伝承を残したのだ」
人間が必要とするのか、それとも魔物達が必要とするのか分からない。それでも過酷な試練を乗り越えた場合のみ、王の力が得られるように仕組んだのだという。
「結果として余を望んだのは、一体どちらの側なのか………実に面白い組み合わせだ」
青年によって作られた魔王は、タイサとシドリーの顔を見て小さく笑った。
少しずつだが頭の中の霧に日がさし始める。シドリーとタイサは互いに顔を合わせると、小さく頷いた。
黒の剣に封じられていた男は、シドリー達の考えていた魔王ではなかったが、それでも魔王として君臨するに値する存在と能力である事は疑いようない。




