⑮闇に染まる
「結界が………。あんな醜いゴミのせいで」
足を止めたフルフルが周囲を見渡し、結界が消えた事への感情を舌打ちで表現する。
その時、空気が一瞬で凍り、そして張り詰めた。
鉄巨兵を挟んだ位置でタイサ達を見ていたシドリーは、それを真っ先に感じ取り、目を大きくさせるなり、無意識に震え始めた唇を噛み締め、漏れてはならない感情を必死に飲み込んでいた。
「………今、何と言った?」
加えて空気が音を立てて震えている。
タイサは黒の剣を持って立ち上がり、フルフルを見上げた。その眼は今までのタイサの性格からは想像出来ない程に淀み、くすんでいる。
「俺の愛した女を………醜いと………ゴミと言ったのか?」
タイサが黒い剣を軽く振るう。
その背後ではいつしか一人の猫の亜人、バステト族が立っていた。服装はシドリーやオセと同じ白と黒のメイド服だが、二人よりも身長は頭一つ高く、毛並みは収穫前の小麦の様な黄金色で、染み一つない毛並みを波立たせる美しい姿であった。
その亜人が悲しい表情のまま、声に力を込めて呟く。
「我らが王に繋がる近しき者よ。今二つ目の誓約が果たされました。愛する者を失い、その失意と悲しみの中でも行動せんとする覚悟と気高さ。私、コルティは心から貴方を尊敬致します」
スカートの裾を持ち、コルティと名乗ったメイドはゆっくりと頭を下げた。
「………手を出すんじゃぁねぇ」
「御心のままに」
コルティは頭を下げたまま一歩下がると、両手を前に組んでタイサの言葉に従った。
空気の振動が止まらない。
地面の小石はまるで怯えるが如く、右往左往するように震えていた。
シドリーはいつしか自分が呼吸をする事すら忘れており、フルフルに近付くタイサを見続ける。
「シドリー、お前も下がっていろ」
遠くから視線を送るタイサの言葉に彼女は無言で頷き、震える足でフルフル達から距離をあけた。
「………もう一度聞く」
タイサは三体の鉄巨兵の中心で足を止め、フルフルを見上げて改めて尋ねる。
「俺の女を………俺の愛した女性をゴミと言ったな?」
「………ひっ!」
生物が本能的に察する感情が漏れ、フルフルの唇は無意識に震えていた。既に世界は二色から解放されていたが、タイサの持つ剣を一度味わっていた彼女は、その恐怖を思い出すかのように言葉を発せずにいた。
「絶対に………絶対に許さねぇ。絶対にだ!」
タイサが黒い剣を掲げ、両手で握る。
「………ふ、ふざけるな! そんな………そんな小さな剣でこの鉄巨兵を斬れる訳がない!」
感情を振り絞ったフルフルの指示で、右側に立っていた鉄巨兵が拳を振り下ろす。
「いや、今の俺なら、巨人だろうと山だろうと………全てを斬れる気がする」
振り下ろされる巨大な拳に対し、タイサは正面を向いて黒い剣を振り下ろした。
振った数は一度のみ。
その場に居た全員がそう感じていた。
だが、鉄巨兵の突き出した鋼鉄の拳は、紫色の障壁をガラスのように粉砕し、金属の腕を賽子の様に細切れに刻んでいた。
破片は地面に落ちる前に黒い霧と化し、剣に吸収されていく。
「ほらな?」
タイサが不敵に笑って見せた。




