①いつもの流れ
かつてカデリア王国の首都でもあった大都市ブレイダスを出発する事、半日。
目的地のゲンテの街までの行程の六割から七割を進んだ位置に、タイサ達を乗せる馬車があった。
魔王軍の侵略により、東部方面では、すれ違う人影も馬車も見られない。何度後ろを向いても、誰もいない舗装された石道を進むのは、この馬車だけであった。
「あと三、四時間といった所でしょうか?」
動物の革で作られた水筒を傾けて水分を体に入れる副長のエコーは、揺れる馬車の中で水筒をタイサに手渡す。
「まぁ、そんな所だな。できれば到着する一時間前に、もう一度休息を挟んでおきたい」
そこで作戦を説明すると伝え、タイサは水を含んでから蓋を閉める。
「隊長」
馬車を操る御者席から男の声が聞こえた。
「しかし隊長、カエデちゃんは本当に魔王軍に捕まっているのでしょうか?」
たった三人で魔王軍が居座る街に行き、果たして無事に帰れるのか。エコーは、唯々その事だけが心配だった。
「隊長」
また前から男の声が聞こえる。
「確証はない。だが可能性が一番高い以上は向かうしかないだろう」
ブレイダスの街での戦いの跡から見つかったのは妹が乗っていた飛竜の骸のみ。幸いと言うべきか、妹の遺体は見つかっていない。
仮にカエデが囚われていたとして、どうやって救出するか。タイサは当てのない中での行動だったが、エコー達はそれでもついてきてくれた。自分にはもったいない仲間である。
だが、そう思うこと自体が良くないのだろうとタイサは気付き、騎士を辞めてからというものの、必要以上に気を遣う事を避けるよう努めてきた。
「隊長おおぉぉぉう!」
「うるせぇな、聞こえてないよ!」
「いやいや、めっちゃ聞こえてるじゃないですか!」
思わず馬車が止まり、太った男が馬の手綱を握りしめて悔しがっている。
「どうした、ボーマ。もう街についたのか?」
タイサが眉を潜めながら面倒そうな顔をつくる。エコーも若干表情が苦い。
ボーマは違うと言葉を連呼し、勢いよく贅肉が付いた首と手を左右に振った。
「水っすよ! 水! 自分には水筒を回してくれないんですかぃ!?」
タイサの横に置いてある革の水筒をボーマが必死に指差す。
「ボーマはさっき飲んだでしょ?」
呆けた老人相手に使いそうな言葉をエコーが雑に投げた。
「さっきって………もう四時間も前の話なんですが」
「あぁ、確かに四時間前に飲んだな………全部」
全部。タイサが最後の言葉を強調する。
四時間前。
水筒を回し飲みした矢先。ボーマが一気に飲み干した記憶は、タイサ達にとってはまだ新しいものであった。




