愛だ
大広間を、肌に刺さるような沈黙が流れた。
校長がどうしたらいいのか、目を泳がせていると
「……やってください……」
と、顧問の男が発した。
「え?」
校長が聞き返すと、顧問の男は覚悟を決めて、
「いいです!! やってください!!」
と、部屋に響く大声で言った。
「う……う……うう……ううう……うああ!!」
校長は顧問を殴る。平手打ちである。バチン!と音が響いた。
青年は満足そうにその光景を眺め、
「うわ痛そう。顎外れたかなあ?」
「君!!」
校長は顧問の男性を介抱すると、
「だ、大丈夫! 大丈夫です!!」
「なあんだ。外れてないんじゃん。顎が頑丈なんですね。まあ、ご年齢も考慮すると、校長の指の骨のほうが先に折れちゃいますもんね。
無理かー。
僕は残念ながら教育者じゃないから、君に対して教育的指導ができない。どうしようか?」
「……やめてくれこんなこと……」
顧問の男性はついに青年の目を見た。
「どうしようかなあ」
青年が真顔に戻ると。
顧問は突然立ち上がり、女子学生に土下座をした。
「すいませんでした!! すいませんでした!! すいませんでした!!!
私が、浅い考えで貴方の人生を壊してしまいました!! 取り返しのつかないことをしたと反省しています!!
許してくださいとはいいません! でも謝らせてください!!
すいませんでした!! すいませんでした!! すいませんでしたああああああああ。
ああああああ!!!! あああああああああ!!!」
顧問がついに泣き始めると、青年は明らかな苛立ちを見せた。
「……おい、聞き間違いだと思うけど『浅い考え』って聞こえたぜ? お前教育をなんだと思ってんの?」
「……私には、私なりの愛のつもりでした。愛情を持って生徒と接してました。
私は……少なくとも皆に平等に接していました。あそこで私が叩かなければ……他の部員に示しがつきません。
何もバレーの技術を教えるためじゃない。これから社会で生きていくための心構えを育てたつもりでした。
あれは、私なりの愛でした……」
「知ってるよ。そんなことは」
青年、顧問の頭を軽くポンと叩いてしばらく撫でる。
「まあとりあえず、立てよ」
青年に言われるままに、顧問の男性は立ち上がった。
「校長先生。彼は他人にも自分にも厳しい性格だって、記者会見でそうおっしゃってましたね」
「……はい」
「じゃあ君さ、自分の顎外して鼻折ろうか。あー、もう『え?』は無しだよ?
自分がしたこと、十分理解したよね?
君は僕の妹に愛をもって厳しく教育的体罰ができたね。まあ、間違ってたわけだけれど。
じゃあ、自分にもできるよね?」
沈黙の後、青年は殺意の顔を浮かべた。
「できるよな?いいよ。何時間でも待ってあげるよ。誰だって痛いのはいやだもんな。
あと、君と僕の妹じゃあガタイが違うから、一発でできなくていいよ?何発でも殴っていいよ。
さあ、ほら。間違った教育を救って。ほら」
沈黙
「でも流石に僕もそこまで気が長くはないんだけど……どうする?泊まってくよね?
僕の妹は鼻と顎を折られて4時間立たされたんだ。よく知らないけど、それが君たちの局中法度なんだろ?
同じことをしてもらうよ。自分の顎を外して、4時間、立ってもらう。校長も付き合ってもらいますからね」
顧問は唸りながら何度か軽く自分の顎を叩く
青年は、疑問の顔を浮かべ、
「(妹に)こんなんだったの?」
女子生徒は首をふる。
「ちょっとー。真面目にやってよー。僕そんなに冗談好きじゃないんだけど。
正直もう眠いんだよ僕。
そうだ。あと20分でできなかったら……
……君は僕の妹に教えてくれたのは愛なんだよね? だからその愛に応えてあげるね」
青年が おーい と声を上げると、ドアの向こうから無言で黒スーツの男が入って来、
青年がゆっくり近づいて耳元で、
「ゴライアス」
と呟いた。黒スーツは一瞬目で青年の方を確認したがやがて……
「……かしこまりました。」
と言って部屋を出ていった。
ゴライアスとは何のことかわからない顧問と、校長にとって、
非常にストレスのかかる時間がやってきた。
誰一人、物音を立てる者もなく、沈黙がもはや耳に痛みを伴った。
やがて5分経ち、何も現れない。
顧問の男は額から大量の汗をかいている。自分の顎を外せるならそれで解決なのだが、
彼にはそれが出来なかった。顎の外れた人間がどのような苦痛を受けるか、散々間近で見てきたものの、自分の顎が外れたことがないからだ。
自分も学生の頃、散々理不尽な目で先生に暴力を振るわれた。
それを自分にやれば済む話だが、それがどうしてもできなかった。
10分経ち、やはり何も起きない。
青年の顔から笑顔は消え、真顔で立ちすくむ顧問の男を見ていた。瞬きひとつしてないのではないだろうか。
……それは、実に35分後に突然やってきた。
今まで沈黙が支配していた部屋でバアン!! と音が響いたと思ったら、2mを裕に超える大きさの黒人男性が乱暴に扉を開けたのだ。
男性は上裸であり、筋肉が発達して山のように盛り上がっている。
耳のピアスから垂れ下がった長いチェーンは、自身の鎖骨に繋がっていた。
腹部には『愛、注入』と大きなタトゥーが彫られていた。
「ヘイヘイヘイヘイヘイ!!! ワッサ!? ワッサ!?」
男の体からは、人工的で不自然な匂いが漂っていた。筋肉を強調するように全身にワックスが塗られており、
室内の青白いLEDライトを男の肌が反射している。
「うんうん。うんうん」
黒人男性は、青年とハグをして、軽く何回かキスをした。
「紹介するね。僕の友人。ゴライアスだ。
見ての通りのいいやつだよ。だけどいいづらいんだけど…… ……少し大きすぎるんだな。でも何回かすると、慣れるから」
「慣れる……?」
何が起きているのか理解が追いついていない顧問の男性は大きく目を開くと、
黒人男性と目が合う。
男性は、顧問の男の体を舐めるように何度も眺め、視線でレイプすると、
「he?! He?!」
と、声のギアを一段上げて青年に問いただす。
青年はうなずく。
「OH GOD!!! He looks delicious!!! very very delicious!!! hooooooooo!!!!!!!!!」
外国人は、ズボンも下ろし、大きく振り回す。
目の前の景色に圧倒され、校長は気絶してしまった。
「hey!! will you be my best friend?オトモダチ ナッテクレ?」
外国人が顧問の男性に詰め寄る。顧問の男性は目に涙を浮かべた。
その姿に対して青年は静かに問いかける。
「僕は拷問なんてしないよ。でも君が教育者として、生徒に愛を教えてあげられないなら、僕が君に本当の愛を教えてあげる。
君が自分で自分の顎を外して鼻を折るまで、君は毎晩、ここで彼と寝てもらう。一晩中ね。
ちなみにコンドームは用意しないよ。そもそも合うサイズがないし。妊娠の心配、ないだろ?
僕は優しいから忠告しといてあげるけど、朝まで犯され続けた後ってしんどいよ。立ってるだけでしんどいから、
……まあ立ってもらうんだけどさ。
とても顎を外して鼻を折ろうなんていう気は起きないと思う。だから早くやっちゃった方がいいよ。よかったね。自分にも厳しい性格でさ」
顧問の頭の中は真っ白になった。今まで幾度となく生徒の顎なら外してきた。鼓膜も破った。この作業は慣れているはずだ。
しかし……自分の顎だけは自分で外したことがなかった。
顧問を煽るように、ゴライアスは顧問の体を触り始めた。
「あーちなみに、抵抗とかしたらゴライアスが代わりに顎を外してくれる、なんて甘い考えは捨てた方がいいよ。
ゴライアスの趣味は長時間の性行為と、殺人だ。
彼はね、元々死刑囚だったんだ。けれども警察官を何人も独房でなぶり殺しにしちゃって……
あまり言いたくないから彼の傑作のタイトルだけ言うから、そこから察してね。
『一筆書き皮剥ぎ』と『人体100%スライム』だ。しかも彼は上手でね。
なるべく長い時間、殺さないでこれらの作品を作り上げることができるらしいよ」
「ヌアアアアイ!!!」
ゴライアスは、テーブルの上のパイナップルの実を片手で握り潰した後、
ボリボリと皮ごとパイナップルを咀嚼した。ワニかカバのように。
そしてパイナップルを丸ごと腹に収めたら、銃弾で割れた窓ガラスに興奮し、
奇声を発しながら窓ガラスを一枚づつ頭突きで割り、最後の一枚を破り終えたら隣のコンクリートの壁に頭突きをした。
コンクリートの壁に、巨大なハンマーで打ちつけたような溝ができた。
その姿を青年は真顔で見つめながら、静かに話を続けた。
「向こうの警察も流石に向こうも手を焼いていたところを僕が買い取ったんだよ。
彼の特技は、誰よりも時間をかけて性行為を楽しむことと、誰よりも時間をかけて殺すことだ。まず4時間じゃ済まないよ?
ちなみに何が彼をそうさせるのか聞いてみたんだ。
そしたら君と同じだったよ。『人間を愛しているから』だそうだ。
……まあ大人しく、さっさと自分の顎を外した方がいい。ゴライアスの気が変わって、肉感だけのスライムになった君を見たいなんて言い出す前にね。」
青年、ゴライアスが、顧問の男性に顔を近づける。
「ところで、教育って、なあに? 喋れるうちに答えてね」
怯える顧問。震えている。
それからの顧問の数日は、言うまでもなく地獄だった。
彼は抵抗もできず、行為の最中に舌を噛み切らないように口を綱で縛られて、ものの数分で声が枯れて悲鳴すらあげられなくなり、
16時間犯され続けた。
校長も再び拘束され、その光景を見させられ、何度も吐いた。
青年は、無表情でただ眺め続けた。
行為の最中、顧問の男性は何度も気絶したが、その度に青年の部下に氷水を浴びせられた。
……次の日の朝には、顧問の男性は立つことすら困難になり、左手を天井に吊るされて無理やり立たされた。
水も食事も与えられたが、とても喉を通らなかった。
引かない全身の痛みに耐えながら、立っているのがやっとだった。それでも夜は来る。
三日と待たずに顧問の男性は衰弱し、ゴライアスが行為に飽きて顧問の右足を折った。
……そこで、青年からストップがかかり、反発して暴れ出したゴライアスの頭に青年は銃弾を三発浴びせた。
…… ……
顧問の男性と校長は、青年の所持している病院で治療を受け、一命を取り止めた。
それから1年という月日が経った頃、顧問と校長は社会に解放された。
失踪扱いを受けていた顧問の男性には、新しい名前と精密に偽造された戸籍、国民番号、そして教職免許が青年から与えられた。
……ここからは後日談である。
43にして頭がすっかり禿げあがった男性は、新しい地で再びバレー部の顧問になった。
この一年で考えが改まったか……というと、なんとそうはならなかったのである。
むしろ生徒に対する暴言、暴行は苛烈を極めた。そして……
顧問の男性は逮捕されることになる。
部活の最中、嘘をついた男子部員に、「お前に愛を教える」と言って個室に引き摺り込み、性行為を行ったのだ。
男子部員は精神的ショックから立ち直れず、自ら命を絶った………。
男の身元が、当時女子高生に教育指導という名の暴行を行い、そのまま行方不明になった人物であったと世間に知られたのはその後の事である。
警察の取り調べによると、男性が、行為に至った動機は、
「ゴライアスの棍棒が、俺が俺自身と生徒を愛する勇気を与えてくれたから」
などと供述している記録があるが、それは世間には発表されなかった。
顧問の男性は、独房の中で自らの顎を外し、壁に鼻を打ち付けて折った。異変に気がついた警官が彼を拘束し、
精神病院に入院させたが、病院にて、自らの上着で首を絞めて命を絶った。
独房の壁に向かって、
……これは独り言なのかはわからないが、誰かに向かって尋ねていた、という記録が残っている。
「子供が好きか? 無知な人間が好きか?
……俺は両方嫌いだ」
ゴライアスの棍棒 了