パーティーだ
暗闇からアナウンサーがニュースを読み上げる声が聞こえる
「……県のバレーボール部の男性顧問は、先月16日に行われた
地区大会で、一年の女子生徒が、シューズを忘れてきたことに腹を立て、
生徒に至近距離でボールを投げつけ、さらに生徒の頬を平手で一回たたき、
『お前なんかいらん』と言ったとのことです。」
ノートパソコンは床に直置きされており、
それを青年が地べたに座って眺めている。
非常に端正な顔をしており、清潔で『綺麗』な顔立ちである。
見え方によっては10代に見えるし、顔を顰めると30代後半のようにも見える、実に不思議な顔である。
この建物は、おそらくこの青年の持ち物であるのだが、
リラックスをするための部屋着を着用するわけでもなく、
客をもてなすかのようにきっちりとした黒いスーツ姿である。
それも、どこの銘柄のものともつかない、オーダーメイドのものだろう。
そこは、20メートル四方ほどの大広間で、セレブのパーティールームを彷彿とさせる。
照明は消えているが、部屋の中央には巨大な丸机があり、豪華な料理や、シャンパン、ワインなどが盛り付けられ、
それを四つ、もしくは、2対2の豪華な椅子が囲んでいる。
青年の見ているニュースが続く。
「顧問はその後も、4時間ほどに渡り、『お前なんか居なくてもやっていける』など暴言を浴びせました。
生徒は、至近距離でボールを投げられ鼻の骨が折れ、さらに叩かれた衝撃で顎の骨が骨折。
口が開きにくい状態が続いていて、全治二ヶ月の大怪我だということです。
精神的なショックもあり、現在も登校できていません」
パソコンの画面が変わり、謝罪会見が開かれている。
学校の校長らしき男が画面に映る。
「大変申し訳ありませんでした」
「顧問の教員は、自分にも他人にも厳しい性格でして、」
青年は一度動画を止め、少し前から再生する。
「……ませんでした」
「顧問の教員は、自分にも他人にも厳しい性格でして、」
青年、再び同じ行動を繰り返す
「……でした」
「顧問の教員は、自分にも他人にも厳しい性格でして、
当日、自分が分からなくなり、ついかっとなってしまったということでして、
私も日頃の監督不行が責任の一部でもあります。
まず、学校に来ていただけるようにご家族と学校が連携をとりながら・・・」
途中で部屋の扉がノックされる。
「はあい」
薄暗い部屋で青年がノックの音に応えると、
「連れてきました」
と、扉の外から声がした。
青年は、動画を止め、部屋の照明のスイッチをつけた。
無音である。そして大部屋を青と白のLEDの光が照らし、ミラーボールが回転し出した。
「入ってきてもらって。」
扉が開く。
青年と同じ服装の男二人が、ジャージ姿の男性と、壮年の男性を連れてきた。
壮年の男性は先ほどのニュースの記者会見で謝罪していた学校の校長先生だ。二人とも麻袋を頭からすっぽり被せられ、手を拘束されている。
「座らせてあげて」
青年が無感情にそう言うと、黒スーツの男たちは校長達を椅子に座らせ、腕の拘束をとき、
顔の袋を剥がす。
ジャージ姿の男の顔には鼻血の跡が青に赤についており、
校長はあたりをキョロキョロと見回し、すっかり怯えている。
青年は張り付いたような満面の笑みを浮かべ、料理を挟んで正面に座る校長とジャージに話しかけた。
「東洋の文化で茶を持って友となす、といいます。そのためにはまずはお互いの顔を見ましょう。
ようこそ、お待ちしておりました。……ン?」
青年はジャージ男の顔をじーっと見る。
「怪我されてるじゃありませんか! 大丈夫ですか!? あー……血も出てる。
一体誰がこんなことを……」
青年、ジャージ男の後の部下を睨む。
「君がやったの?」
すると、ジャージ男の後の黒スーツは、静かにはっきりと、
「申し訳ありません。抵抗されたので」
と言った。
青年は立ち上がり、部下の前で正対し、しばらく見つめた後、部下の頭を撫でた。
そして顔を近づけて耳元で、
「当たり前だろ。抵抗するよ。でも他に方法なかったの?
こんな事して、彼の顔が戻らなくなっちゃったり、うっかり死んじゃったらどうするつもりだったの?」
と言った。
「…… 申し訳ありません。以後気をつけます」
「何を気をつけるの?」
「極力、暴力以外の最善を心掛けます」
「『約束』だよ」
青年が部下に『約束』と言う言葉を使うと、体格のいい彼の部下は一瞬顔を引き攣らせた。
それは、青年の『約束』を破ったらどうなるかを知っているからだ。
「……かしこまりました」
黒スーツが一礼してドアの方に下がると、
青年が椅子に戻り、張り付いたような笑顔を再び浮かべた。
「いや申し訳ない。お見苦しいところをお見せしてしまって」
青年がそう言うと、事態の飲み込み切れていない校長が震えながら口を開いた。
「だ だ だ 誰なんだあん……」
「(遮り)そんなことより、ささ、召し上がってください。一流のシェフに作らせたものです。
きっと満足していただけると思います。お酒もどうぞ。おーい」
部屋に、青年の部下(華奢な女性)が入ってくる。
「ついで差し上げて」
青年の部下が、ジャージ男と校長にシャンパンをつぐ。
グラスに注がれる白濁としたシャンパンを眺めながら、青年はまるで翻訳劇の脚本を読んでるかのように喋り出した。
「盃を交わすとは、お互いの親睦を深め、信頼、約束を守るということ……」
「こ こんなことをして警察が・・・」
怯え切った校長が青年の話を遮ると、青年は一瞬にして笑顔から真顔になった。
表通りの生活に慣れ親しんだ人間には、まずお目にかかれない表情だ。
「そして、嘘をつかないという誓いを指します」
青年は、ノートパソコンの画面を校長に見せ、また能面の翁のような笑顔に戻り、
「これ、あなたです?」
と聞いた。
それに対し校長は時間をかけて頷く。
「至近距離でバレーボールをぶつけて平手打ち……
痛いだろうなあ。怖いだろうなあ。
でも、それほどの悪事を働いたんですものね。」
すると青年は、パソコンの画面を校長の隣のジャージ男に見せた。
「やったのは君ですか?」
ジャージ男は、青年を睨み付け黙っている。
沈黙の後である。突然青年は、スーツの内ポケットからピストルを取り出し、腕を高く振り上げ背面の天井を撃つ。
ガアアアアン!!!と、大きな音を立てて天井に吊ってあった照明器具が落ちてきた。
「ひ!!」
校長は仰反る。
「僕ね、妹がいるんですよ。今は離れて暮らしてるんですけれど、
今日会いにきてくれるんです。ちょうどこのくらいの年頃の女の子でね。
あ、ごめんなさい(青年、張り付いた笑顔のまま、口元に手を当てる)僕としたことが、
自分から話を脱線させちゃって。大変失礼いたしました。
で、やったのは君ですか?」
ジャージ男は、息を荒げながら青年を睨み付ける。
再び沈黙……
部屋にドアをノックする音が鳴り響いた。
「はーい」
すると、ドアの外から、
「妹様をお連れしました」
と言う声が聞こえてきた。
「きたか……」
青年立はち上がる。ドアが開き、顔全体を包帯で包んだ黒髪で制服姿の女子生徒が入ってくる。
ジャージ男、思わず顔を伏せる
少女を見ると、先ほどの笑顔が消え去った青年が女子生徒に近づく。
「ああ……」
青年、妹を抱きしめる。
「ああああああああああああああああ!!!!!!! ああああああああああああああああああ!!!!!!」
大号泣である。
無表情で抱かれる女子生徒。
ジャージ男は口を一文字に閉じ、目を伏せて貧乏ゆすりを始めた。
地獄のような時間が、この後待ち受けてるとも知らずに。